「佳織ちゃんの忘れられない男に会わせてやろうか?」
それは、不意打ちだった。
ミーティングも終わって、やっと帰れるって時に、予告もなく京介さんが
言い出した。
え?
「隆史………ってホストに?」
知り合いなのか?
この街にはたくさんのホストクラブがある。
もちろんピンキリだし、リーズナブルな場所もあればかなり高級な店もあ
る。
その中でも隆史の所属するEDENは超老舗の高級クラブ。1時間セット
が数万するとか、噂では聞いていたけれど、そこのNO1に会えるなんて
思ってもいなかった。
「………隆史って男に。だろ?
ホストとして会うのか?別にそれでもいい勉強になると思うけどな」
嫌味なのか、本気なのかよくわからない口調の京介さん。
だけど、いつもみたいにトゲトゲしさは感じない。
どちらかと言えば穏やかな表情にも見える。
「これから一緒に部屋見る約束してるんだけど、直樹も同行すればいい」
返事も待たずに京介さんは店を出てエレベーターへと乗り込んだ。
会いたい。
会ってみたい。
けれど怖い。
以前会った時は、ただの男前だと思っていたけど、今は違う。
佳織ちゃんの心を捕らえて放さない男。
会ってしまうと完全に敗北を認めてしまいそうで、粉々に恋心を砕かれそ
うで怖い。
今、佳織ちゃんへの思いだけがオレの支えだった。
仕事に順調なのは、千尋のことを考えないようにしているからだ。
あえて、自分の中の大きな問題から遠ざかることで、仕事に集中できた。
目先の恋愛にうつつをぬかしているのが、唯一の安らぎだった。
だけど、隆史に会えばそれすらも奪われてしまいそうで不安に心が揺れ
る。
なのに、ビルから出るとすぐに目を奪われてしまった。
無造作にガードレールにもたれながら、携帯を触っている男に。
「悪い、待たせたか?」
京介さんの言葉に、彼は携帯を閉じてニコリと微笑んだ。
ラフな私服。
ヴィンテージなGパンに、薄い麻で作られた襟元が広く切り込まれている
シャツを合わせていた。
「いや、どうせ暇だし」
EDENは定刻に終わる店だから、一度帰宅してから着替えて来たのだろ
う。
スーツを着ていないのに、体全体から放たれるホストオーラを感じるの
はなぜだ?
「直樹も一緒に行くことになったんだ、いいだろ?」
「いいよ、彼とは一度会ってるし」
チラリとオレへ視線を向けた隆史の顔は、やっぱり圧倒されてしまう美し
さだった。
朝の日差しがこんなに似合わない男もめずらしい。
「覚えてたんだ………」
意外だった。
隆史にとって、あの時は佳織ちゃんしか見えていないと思っていたから。
「そりゃ佳織が指名したホストはちゃんと把握しとかなきゃな」
言葉とは裏腹に、ちっとも嫉妬しているように見えないのはなぜだろうか?
オレは、隆史の存在そのものに嫉妬すらしようとしている。
こんな男が相手じゃたちうちできない。
佳織ちゃんが忘れられないのわかる。
容姿だけじゃなく、仕草の一つ一つまでもが女を誘っている。
どこで覚えたんだろうか?
ホストって仕事、コイツには天職だろうな。
「違うって、指名したホストじゃなく、同棲しているホストだぜ」
何かをたくらむかのように、意地悪な笑顔を見せながら京介さんは隆史に
そう言った。
途端に、さっきまで余裕だった隆史の表情が曇った。
「同棲??」
挑むような鋭い目つきで、睨んでいるのだろうか?
視線が突き刺さる。
うわぁ、なんで京介さんもわざわざ言ったりするんだよ?
しかも、同棲じゃなく同居だって訂正したにもかかわらず!!
「佳織と一緒に住んでるのか?」
「………住んでる」
ああ、なんで同棲してる?って聞いてくれないんだよっっっ!
同居にしても同棲にしても、一緒に住むって部分は変わらないじゃないか
っっっ。
「…へぇ」
無感情の「へぇ」を聞いてしまった。
な、なんか美形ってそれだけで迫力あるよな、うん。
「それだけかよ?つまんねぇな。
ま、いいや。とりあえず行こうぜ、オレの新居♪」
つ、つまんねぇって言われても困るぞ!!
オレはちょっと怖かった。
ただの美形ってより、凄味があるんだよ、コイツ。
京介さんにもそう思ったけど、なんか怒ったときの目つきが悪すぎるって
いうか………。
なのに、京介さんはもっとオレを困らせてくれた。
「あれ、ココ…」
オレと佳織ちゃんが住んでるマンションの前で、立ち止まると京介さんは
やっぱりニヤリと意味ありげに笑った。
「この前来たときに気に入ってさ、翌日に即契約したんだ」
…………………………………………。
「けっこういいじゃん。
店からも近いし、コンビニもあるし、だけど路地隔ててるから喧騒もマシ
だろうな」
外観を見て、うなずいている隆史を横目にオレだけが撃沈していた。
なんで、京介さんが同じマンションに住むんだよ?
しかも、隆史まで連れてくるなんて、どういうつもりだろうか?
「直樹の上の階だから、何かあったらよろしくな」
「「え?」」
隆史はオレを振り返って、またさっきのような冷たく鋭い視線を投げかけ
てきた。
う〜〜〜ん、嫉妬されているんだろうか?
なんだか威圧されてるだけのような……。
微妙だ。
「ココに佳織も住んでる?」
「大ぴんぽ〜〜〜ん。正解です」
正解ですって、京介さん、あなたキャラ違うくないですか?
「………いい性格してるよ、京介」
隆史も、半ば呆れたように白けきった表情で京介さんを見ている。
さすがにオレも同意見だ。
なんでよりにもよって、このマンションなんだよ?
他にもいい物件なんてたくさんあるだろうに………。
「引越マニアな京介がめずらしく住む前からマンションを見に来いなんて
変だと思ったら、どういう魂胆だよ?」
鋭く切れ上がった目に意地悪そうな笑みをたたえて、隆史は京介さんを見
た。
「魂胆だなんて失礼だな。オレはただお前が嫉妬で顔を歪める所を見てみ
たかったんだけど、案外平気そうだよな。つまんない」
……………。
京介さんと隆史って、どういう関係なんだ?
「平気なわけないだろ、お前の神経疑うぞ、オレは」
かなり機嫌が悪いのか、隆史はそれ以来口を閉ざしたまま、エレベーター
に乗った。
オレと佳織ちゃんの部屋がある5階になると、一瞬嫌な空気で止まった。
「………隆史も降りれば?」
さらに京介さんは意地悪く隆史に言葉をかける。
オレは恐ろしすぎて、二人の顔が見れない。
な、なんでこんな目に合うんだろうか?
京介さんって絶対性格悪いぞっ!!
「いい加減、本気でキレるぞ」
隆史の声を背に聞きながら、エレベーターを降りた。
エレベータが上がるのを確認して、オレは、ホッと安堵の溜息をついて
しまった。
な、何だったんだ一体。
仕事の何倍も気疲れしたぞ!!
カギを開けて部屋に入ると、佳織ちゃんはもう眠っているのか、電気が
消されていた。
京介さんのことを報告したかったのだけど、逆に、報告せずに済んだこ
とに安心した。
今、この上の階に隆史がいると知れば、佳織ちゃんはどうするんだろうか?
やっぱり、会いたいんだよな………。
オレは、彼女の心に大きく存在する隆史をうらやましく思っていたのに、
今日会った印象はなぜだか哀れに思えた。
隆史もまた、深い傷を負いながら恋愛しているようで、佳織ちゃんと同
じ種類の雰囲気を感じた。
やっぱり、ただのホストと客の関係なんかじゃない。
佳織ちゃんがホストにはまっているだけなんかじゃく、もっと深いつなが
りが二人にはあるんだ。
静かに眠っているはずの彼女の部屋から、携帯の着メロが流れた。
「………」
ゴソゴソと物音が聞こえた後、すごく不機嫌そうな彼女が携帯片手にTシャ
ツ姿でドアを開けた。
オレに気が付くと、しかめっ面を笑顔に変えて、「お帰り」とだけ言い
ながら、冷蔵庫からウーロン茶を取り出した。
「喉が酒妬けしちゃってさぁ、飲み過ぎたかな?」
グラスに注いだお茶をめずらしく一気飲みして、一息ついてから持ってい
る携帯画面をチェックしている。
「…………」
笑顔に変わっていた彼女の表情が、すぐに曇って、さっきの不機嫌な顔とも
違い、悲しそうに、淋しそうに小さく吐息をついた。
せっかく気持ち良く眠っていた彼女を不愉快な現実世界に起こしたのは
………?
「今日、一緒の部屋で寝てもいい?」
「いいよ。でもオレシャワー浴びて寝るから、先に寝てなよ」
きっと、隆史からの電話だったんだろう。
いや、メールだったのかもしれない。
今までにも、佳織ちゃんはよくこんな風に淋しい表情をしながら、甘え
るようにオレの部屋で一緒に眠ることがあった。
きっと、何かがあったんだろうと思っていたけど、今はっきりとわかった。
隆史から、連絡があるたびに、彼女は寂しさに耐えられなくなって、人間
の温もりを求めていたんだ。
「………わかった」
泣き出しそうな程に、目を潤ませて寂しさに耐えようと震えている佳織ち
ゃんの小さなうなずき。
オレがシャワーを浴びる数十分すら、一人でいるのがつらいのか?
なぜ、そんなに怯えているのだろう?
ずっと一人でいるわけじゃなく、すぐにオレが隣にいるっていうのに、少
なくともずっと同じ部屋にいるのに、それでもそんなに淋しいのか?
「いいよ、起きてからシャワー浴びる、一緒に寝よう」
オレの言葉に、彼女は安心したように、顔を輝かせてニコリと小さく笑っ
た。
オレのベッドに潜りこんで、腕枕をしてあげると、彼女はオレの胸に頬
を預けて、体を堅くした。
リアルなんだよな。
好きな女がベッドで自分の胸の中にいる。
抱きたくならない方がおかしい。
まるで拷問だよな。
彼女もソレをわかっているから、別に抱かれるのを拒否したりしない。
彼女にとって、ハグされる代償に抱かれるって感じなんだろうか?
それとも、さみしさを紛らわすために、男に抱かれるのだろうか?
「ごめんね………、ダメだよね、いつも甘えて………」
「オレに甘えなくても、他の男に甘えるんだろ?」
寂しさに耐えられなくなれば、すぐに誰かに甘えてしまう彼女。
せめて、隆史にはなれなくても、他の男に甘えさせたくはない。
情けないけど、オレはセカンドのポジションを守るので精一杯だ。
「………そうだね………。いいからね、ヤリたくなったら、手出しても」
毎回繰り返される会話。
男の本能を知っているからこそ、言うのだろうけど、そう言われるとかえ
って手が出せなくなってしまう。
他の男だったらどうなんだろう?
彼女は過去に寂しさを紛らわすために、ハグしてもらいたいだけに、体を
開いてきたのだろうか?
もう、いい加減こんな状態はいけないと知りながらも抜けられない奈落。
「………佳織ちゃんは、オレに抱かれたいわけじゃないんだろ?」
「………わかんない。メチャクチャに快楽ですべて忘れたいって思うし…
……」
どうして、こんな女を好きになってしまったのだろうか?
決してオレを好きにならない女。
オレだけのモノにならない女。
そのくせに、目を離すとすぐにフラフラと男に甘えてしまう。
どうすれば、彼女は幸せになれるんだ?
答えなんて一つしかない。
隆史にしか彼女を幸せにすることなんてできないんだ。
わかっていたのに、それでも苦しい。
「………佳織……、」
愛しい女の名前は、どうしてこんなにも切なくなってしまうのだろうか?
まるで美しく彩られた聖語のように、甘く悲しく響く。
「………ン?」
「………オレにはさ、大切な人がいる。
千尋って存在はこれからもオレにとって命よりも大切な存在なんだ」
「………うん、わかってるよ」
オレは何を言おうとしているのだろうか?
「………佳織にとっても、一番はいるよな?
隆史は、どうしても佳織の心から消えたりはしないだろ?」
「…………」
「オレは、佳織の2番目にはなれないかな?」
「………2番目?」
「そう、2番目同士だったら上手くつき合えるんじゃないか?」
「…………そうなのかな」
オレは弱みにつけ込んでいるのだ。
彼女が淋しくて一人でいられないのを知っていて、こんな提案をしている。
卑怯者だな………。
でも、そうやってでも、彼女の本物の笑顔が見たいんだ。
「そうだよ、多分。
だから、つき合おう」
「………その方が直樹はいいの?」
「ああ」
「じゃあ、そうする」
わかっている。
今の彼女には思考能力なんてマトモにないことも………。
そして、オレはもっと残酷な仕打ちをこれから彼女にするんだ!
「さっき、隆史からの着信だった?」
「………どうして?」
無防備にオレの会話に相づちを打っていただけの佳織の体が硬く緊張した
のが、伝わってきた。
こんなにも、隆史という名前にだけで反応してしまうなんて!!
どんな洗脳したんだよ?
あり得ないだろっ。
「京介さんが、上に引越するらしくて、隆史も一緒に来てたから」
天井を指さしながら、オレは言った。
胸の中にいる彼女の反応を全部見逃さないように、しっかりと意識を集
中させながら。
「上………に?!」
目を見開いて、体を起こしながら驚いている。
「そうだよ、今上には隆史がいる」
そう言いながら、オレは起こした彼女の体を強引にオレの腕の中へ引き戻
した。
「快楽でメチャクチャになってみる?
上にまで声が届く位メチャクチャに」
彼女の上に乗って、シャツの中に手を忍ばせる。
「………」
抵抗してくれればいいっ。
暴れて、逃げて、隆史の元へ行けばいい。
そう思って、乱暴にしているのに、彼女は目をきつくつむって無抵抗だ
った。
「なんでだよ?」
なぜ逃げないっ?
すぐ近くに隆史がいるんだぞ!
このままオレに抱かれてもいいのか??
「………快楽に溺れさせてくれるんでしょ?」
無表情に、そう言い放つ佳織。
どこまで、本気なんだよ?!
オレは、意地悪しているのに、なぜ無抵抗なんだ?
もう限界だ!
オレの心の方が壊れてしまう!!
乱れた衣服の佳織をその場に残して、オレはベッドから離れた。
さっき脱いだばかりのスーツから携帯を取り出して、京介さんに電話で助
けを頼むために………。
『どうしたんだよ?』
「まだ隆史はそこにいますか?
すぐに来させて下さい………」
オレには佳織を笑顔にすることができないから………。
これ以上、彼女をどうすることもできない。
『直樹?』
「おれじゃ、ダメなんだ…………オレじゃ無理なんだ!」
「わかった!わかったから、お前はオレの部屋に来い、今すぐにだ!いい
なっ」
…………。
どうでもいいさ。
電話を切って、隆史が来るのを待たずオレは部屋を出た。
顔を合わせたくない。
きっと、殴らずにはいられないから。
あんなにも佳織の心を奪い取ってしまった男を………。
毒にあてられた気分だ。
誰かが誰かを愛するって、あんなにも深く洗脳されてしまうのか?
佳織とって隆史以外は、全部どうでもいいんだ。
自分自身の体ですら、興味がないくらいに、隆史だけなんだ。
あんな恋愛があるのか?
どうして、そこまでのめり込めるんだよ?
案外、恋愛をバカにしてたのはオレの方なのか?
彼女たちの恋愛こそが、本物で、オレのしてきた恋愛の方がそれなりだ
ったって事なのか?
もう分からない。
すべてが分からない。
凄く凄く好きなのに、どうしてつき合えないんだ?
さっぱりわからねぇよっ!
マンションを出て、フラフラとコンビニまで歩いて行く途中に、もの凄
い力で腕を掴まれた。
「直樹っっ!」
京介さんが心配に悲壮な顔でオレを引っ張りながら、マンションへと連れ
戻す。
「オレ言ったろ、部屋に来いって、何やってんだよっ!」
……………。
まだソファとベッド以外何もない部屋は、オレが生活している部屋と同
じ間取りなのに、やたらと広く感じる。
「今日は悪かったな。お前のこと考えてなかった………」
京介さんは謝りながら、タバコに火をつけた。
そうだ、元々はこの人が隆史を連れてきたりするから、オレの頭はメチ
ャクチャになってしまったんだ。
隆史に会ったりしなければ、いつものように佳織を甘えさせてあげてたに
違いないのにっ!
「なんで隆史なんか呼んだんだよ?
なんでココに引越なんかしたんだよ?」
やっと、二人の関係もあやふやなままで落ち着いていたのにっっっ!!
「ホントに悪かった!
隆史のことしか考えてなかったんだ………」
どいつもこいつも隆史かよ?
なんでアイツだけ特別なんだ?
もう、くやしいやら、悲しいやら情けないないよ………。
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