ダブルボーイ
ダブルボーイ

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1 プロローグ 2 失恋気分 3 オプション込み 4 新しい香り 強すぎる恋 6 祝福できない
7温度差 8 嘘と裏切り 9 プロポーズ 10以心伝心 11 早すぎる出会い 12 エピローグ

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2 失恋気分
「また、佳織は逃げたんだね」
かなり呆れつつ、大きく溜息をつきながら、和美はグイッと作られたばか
りのモスコミュールを飲み干した。

 「…………」
和美の言いたい事はわかっている。
 いつまでも忘れられない人がいながら、次の恋を探し求めて、いざその
新しい相手を本気で好きになろうとすれば、私はいつも二人の関係をぶち
壊すようなことばかり繰り返していた。
簡単に付き合って、簡単に別れる。
まるで疑似恋愛みたいなお手軽な恋人ばかり続いていた。
 でも、最後に付き合った年下の彼氏だけは、かなり本気になりかけてい
た………。
すんなりと私の心に入ってきて、気が付いたら忘れられない男を追い出し
そうな勢いで、心に浸透していった。
勇哉くんが、駆け引きとかなく、純粋に私に気持ちをぶつけてくれるのが、
すごくうれしかった。
偽りとか感じないで、素直に私も彼の気持ちを信じていた。
若いからなのか、激しいまでの情熱で私を思ってくれてる。
そのすべてが愛しいとすら感じていたの。
「やっと隆史を忘れられそうな相手を見付けたのに、なんで別れたのよ?」
「………なんかさ、もう何年も隆史を好きだったから、恐いんだよね。
私の心から、隆史を追い出してしまうのが………」
ずっとずっと、好きだった。
街で偶然、彼と同じエゴイストプラチナムの香水の匂いをかぐだけでもド
キドキと心臓がうるさくなってしまくらいに、大好きな人。
「それなら、さっさと隆史とヨリ戻せばいいじゃん?
向こうも佳織のこと好きなんでしょ?」
 なんで和美ってこう、サラリと信じられないような発言をするんだろう
か?
「隆史が私を好きなわけないじゃん!
例えそうだったとしても、相手はカリスマホストだよ?
付き合っても、すごく苦しいよ………」
 毎日、違う女の匂いをつけて帰って来るだろう。
日替わりで、女の相手をしている仕事。
天職とでも言える程の仕事ぶりで、たくさんの客がいる分だけ、私は嫉妬
してしまう。
仕事だとわかっているのに、頭では理解していても、心が納得してくれな
い。
毎日毎日、寝ても覚めても、隆史しか考えられなくなってしまう私は、ど
うしても隆史を束縛したくなってしまう。
 だけど、嫌われるのが恐いし、いい加減、自分も社会人だから、仕事と
プライベートの区別くらい付けなきゃと、変な理性が邪魔をして、どんど
んと押さえ込まれる感情に、自分を見失いそうになってしまう………。
「だったらちゃんと切り替えて、新しい恋をすればいいじゃん!
勇哉くんと付き合ってる時の佳織はすごくいい顔してたよ」
「恐い、んだよね。
本気で誰かを好きになると、歯止めがきかないって言うか、ドロドロとし
た嫉妬とか独占欲が心を満たしていくの………。
そうなるのが恐くて、勇哉くんとの恋を終わらせたの」
隆史と恋をしていた時、自分でも信じられないくらいに、自分の中の女を
自覚した。
 異常なまでの激しさで、ホントに焼け付いてしまいそうな嫉妬が、どん
どんと自分を嫌な女にしてしまう。
あんな私は、大嫌い。
女々しくて、情けなくて、イライラするような、一番嫌いなタイプにドン
ドン自分がなっていくのがわかるのに、止められない。
俯いてしまった私に、和美はいつものハキハキとした口調じゃなく、ゆっ
くりと諭すように優しく話しかけた。
「………言いたくなかったけどさ、今ね、勇哉くん客に飛ばれて店に18
0万のバンスがあるんだよね」
  え?
バンスって、店に借金ってことだよね?
180万円なんて、学生に返せる金額じゃないじゃん………。
「どうしてそんな無茶な営業をかけたの?」
180万も、未収させてまで店に通わせたなんて、かなり無理がある。
ましてや、レギュラー入りしてるわけじゃなく、週末だけのバイトなのに、
180万も回収できると思ってたのかしら?
「無茶な仕事をしたのは、どこかの誰かさんがフッたからヤケになってた
んじゃない?
ま、180万つっても、川上の所だから何とかなるんじゃない?」
………和美が言ってる川上の所だから何とかってのは、多分、裏の話だろ
う。
川上はルージュってホストクラブを経営している裏で、出張ホストも派遣
している。
どういうシステムかはよくわからないし、表のホストクラブで働いてるホ
ストたちが裏に回ってるかもわからないけれど、やくざとつながりのある
川上らしい、やり方だ。
 多額のバンスも裏に回ればすぐに回収できるだろう。
「でも、裏ってことは逃げ場もなく枕営業だよ?
デリヘルの男版なんだから!」
 普通にデートするために、出張ホストを指名する客なんて少ない。
目的はただ一つだ!
普通のホストなら、枕営業だって最終的にはするかしないかは自分で決め
られる。
 客のランクや、お金の落とし方でそろそろ枕をしようとか、あるいはど
うしても自分のランキングを上げたい時だったりと、自分の意志でできる
けど………。
「そんなの知らないよ、勇哉くんを夜の世界に引っ張り込んだのは佳織で
しょ?
 少しは罪悪感あるなら、何とかしてあげたら?」
…………。
「私が180万払うって意味?」
う〜〜〜ん、今月エルメスのバッグを買う予定で使ってないんだけど、和
美っては知ってるのかしら?
 180万かぁ、ちょっと痛いなぁ。
「………誰がそんなことしろって言ってんのよ?
彼を傷つけた分、癒してあげろって意味!
勇哉くんは隆史を忘れられないって知っていて、それでもいいって言って
くれてるんでしょ?
だったら、いいじゃん」
 ……………。
 そんなの何度も繰り返してきた。
隆史を忘れないまま、でも一人だと淋しくて、違う誰かを求めて直樹や勇
哉くんと付き合ったりしたけれど、結局私は隆史を忘れるなんてできなか
った。
「今さら無理だよ。
なんか理不尽な理由で別れたのに、そんな勝手なことできないって」
和美はおかわりを頼みながら、ケラケラと大きく笑った。
 何だか今日は上機嫌?
「ヨリ戻せって言ってるんじゃなくて、借金返すまで、すっごい辛いと思
うから、そのつらさを少しでも紛らわせてあげればって意味!」
………そうだよね。
まだ未成年だし、ホストになってからだって半年くらいしか過ぎていない
のに、出張サービスだなんて、かわいそうだよね。
どんな人が客かわからないんだし………。
  180万。
確かに高額だけど、頑張ればなんとかなりそうな金額。微妙だな。
今の勇哉くんの成績次第で、結果が変わる。
もちろん、180万稼ぐために裏に回るのはオプション込みの営業をかけ
るって意味だろう。
言葉を換えればただの売春だ。
春を売るのは、凄く辛い。
体だけを売ってるわけじゃなく、すべての純粋な感情や、プライドまでも
売り飛ばす覚悟が必要になってくる。
やってる時はわからなくても、いつか気付く日が来る。
自分が何をしていたのか、何を犠牲にしてたのか。
そんな女の子をたくさん見てきたのに、勇哉くんも同じようにならなきゃ
いいけど………
私はどうしても、彼に自分の望まない枕営業をしてもらいたくなかった。
前途ある少年の心を壊しちゃいけない。
名誉を傷つけちゃいけない。
法律違反だから、もし警察に見つかれば前科がついてしまうから………。
もっともな理由はいくつもあるけれど、ホントはただの嫉妬が大半だ。
どんな理由があっても、勇哉くんが他の女を抱くなんてイヤ。
あの力強い腕に抱かれて、一生懸命愛されるだろう客を想像するだけで、
むかついてしまう。
こんな時にまで、嫉妬してしまう自分にいい加減嫌気がさすけど、コレが
本音だからどうしようもない。
私って、最低だ。
勇哉くんが大変な時に、自分の嫉妬を閉じこめられないなんて、ちっとも
成長していない。
いつまでも、感情のコントロールができないよ………。
どうやったら、私はクールになれるんだろうか?
凄く凄く感情の起伏が激しすぎる。
恋をすれば、もっとハードになってしまって、一分前に笑っていても、直
後に泣いてしまうような女。
もっと、上手に生きたいと望んでいるのに、ちっとも上手くいかない。
幸せになりたいと思っているのに、気が付いたら幸せは不安に変わってし
まって、自ら不幸に直進してしまっている。
なんでだろ?
どうして、こんなに生きるのが下手なんだろうか?
一人だと、淋しいよ。
一人で生きるなんて、できないのに………私は今一人。
 誰も側にいない。
子どもの頃から、私はたくさんの人に囲まれていた。
  まるでお姫様のように大切にされた事もある。今でもホストクラブに行
けばその状態に近いモノはあるけれど、所詮お金を払って買ってるだけ。
ホストに行けば楽しいけど、その分虚しさも伴って来るのを最近になって
わかってきた。
楽しいと思えば思う程、はまればはまるほど、私はソレをお金で買ってい
るんだと情けない気分におかされてしまう。
  そして、最近になって気付いてきた。
その虚しさは、客だけじゃなく接客しているホスト自身、最も感じている
のかもしれない。
ホステスは、接客するのは当たり前だけど、接待って感じの方が多い。
お客様を騙すより、楽しんでもらうのが前提だ。
もちろんホストもそうだろうけれど、やっぱりどこかで色が入ってしまう。
「かわいい」だの「美人」だの褒め言葉を使われると、舞い上がってしま
うのが本音。
そんな単純な仕組みを分かっていて、使ってしまうホストは、どんな気持
ちなんだろう?
最初は、客を捕まえたうれしさで満たされるけど、そのうち、そんな打算
的な人間関係に辟易しないのかしら?
 人間、生きていくだけで色々と傷ついたり、苦しんだりするけれど、普
通に生活していれば男女の裏切りや駆け引きなんてあんまり知らなくて済
む。
せいぜい20も知ってりゃいい方だろう。
だけど、夜の世界に入れば日に10人以上相手に駆け引きを繰り返す。
そのうちに、どの言葉が真実なのか、どの表情が正しいのか、すべてがわ
からなくなってしまう。
何もかもが嘘で、幻。
利害が絡む時だけの、作り物。
 そんな世界に馴染んじゃいけない。
もっと、まっとうな所で、彼は生活するべきなのに、裏にまで回ってしま
うと取り返しがつかない。
一般の社会生活する上で、見なくてもいい人間の汚い部分を見過ぎるのは
不必要だ。
お気楽なバイト気分じゃ、到底やり切れない壁にぶち当たってしまう。
その前に、どうしても彼を引き戻したかった。


  つき合ってる時に、彼がホストになると言い出した時、自分も水してる
のに反対なんてできないと思った。
 水商売の世界なんて、人間関係が乱れすぎていて、ホント勉強になるけ
れど、別にわざわざ知る必要のない世界。
 それに私はやっぱり水商売してる男と恋愛するのが怖い。
「『新人ホストの営業には騙されるんだ。』って隆史が言ったのよ」
 そう。
このたった一言で、私は新しい恋に臆病になってしまった。
「隆史の言葉にいちいち揺れてるんじゃないよ。
 少なくても、勇哉くんとの恋を、他の男の台詞で壊してしまうのはいか
がなもんかと思うよ」
「隆史の台詞だから、だよ。
他の誰でもなく、ホスト隆史と同棲していたから、そんな彼の台詞はすご
くリアルだったの」
 だから、隆史とも別れたんだ。
同棲していても、お互いの生活はすれ違いばかり。
夕方から出勤する私が帰宅する2時間くらい前に隆史は出勤。
一緒にいるのは隆史が帰宅した5時から私が出勤するまでの間だけ。
でも、その時間はお互いに寝てるから、実質二人の時間なんてほとんどな
かった。
一緒にいるのに、遠くに感じる。
よっぽど、客として店に通ってる方が会話があった。
 そんな私は苦しいまでに嫉妬に悩んでいた。
「でも………」
まだ話を続けようとする和美の言葉を私は遮るように叫びだした。
「怖くて仕方ないのっっっ!
好きになればなるほど、心の中がおかしくなっていくの、自分でもわかる
くらいにドロドロと醜い感情だけが心を満たして、気が狂いそうになる。
いいえ、いっそ狂ってしまいたいほどの、狂気だった。
 あんな状態になるのが怖い!
もう、そんな不安な恋なんてしたくないの!!」
それは、鳴き声にも似た声になっていた。
あきれるほどの八つ当たり。
わかっているのに、涙だけがポロポロとこぼれていく。
「わかったよ。
でも、勇哉くんのことはこのまま放っておくの?
それはちょっとかわいそうだよ」
…………。
「そうだね」
なんとかしなきゃいけない。
勇哉くんを好きとか、そんな自分の感情に関係なく、彼を裏の世界に落と
しちゃダメだ。
人一人の人生を狂わせる権利なんて私にはないんだから…………。


 帰宅してからルージュのマスターである川上に電話をした。
やっぱり予想通りに川上は、悩んだけれど勇哉くんを裏に回すと決めてい
た。
 お店の決定事項に口を出せないから、仕方なく、裏に回った勇哉くんを
独占する約束だけしてもらった。
最初の一ヶ月を、彼の指名をした。
週末しか入っていないから、8日分、今度支払いに行かなければならない。
それと、私が指名したってのを勇哉くんには黙っててとも約束した。
 客が、私だと知れば彼は会ってくれないだろうから………。




2004-2005©白雪姫-hime-