勇哉くんが裏に回ってたのは、川上の配慮で直樹以外誰も知られていな
かったので、すんなりとルージュへと戻れた。
まぁ、川上の配慮ってより、アイツの保身だろう。
川上だって未成年に売春させてるなんて滅多に言えなかったはず。
そのおかげで、私が払った金額は丸まま勇哉くんの未収返しに回った。
「いっらしゃいませ」
久しぶりに来るルージュは、少し懐かしい。
知らない新人ホストも増えているし、ワクワクしちゃう。
「分かりやすいよな、佳織も勇哉も」
水割りを作りながら直樹は、苦笑いしている。
勇哉くんと別れてからルージュへ来なくなった私と、別れてからずっとな
げやりな営業ばかりしていた勇哉くん。
そして今は、穏やかな気持ちで勇哉くんの側にいる。
私の中で、確かに存在している恋心。
勇哉くんが好きだ。
まだ、隆史を忘れていないけれど、過去の恋愛とは違う、新しい恋を二人
で育んでいきたい。
勇哉くんとなら、幸せになれる。
そうだよね、私は間違ってないよね?
自分に問いかけるけれど、答えなんてわからない。
でも、信じてみよう。今度こそ。
もう、辛い恋愛はしたくないから。
隆史への思いを、吹っ切るためにも………。
勇哉くんは私の隣に座り、接客をしてくれる。
だけど、やっぱり他に指名が入ると他の席に行ってしまうんだけど、隆史
の時と違って、勇哉くんは悲しそうに駄々をこねる。
「勇哉さん、お願いします」
ボーイが呼びに来ているのに、勇哉くんは私から離れようとしない。
「やだ、ここにいる」
仕方なく、ボーイは代わりに直樹を私の席へと戻したにもかかわらず、
勇哉くんは動こうとしない。
「仕事だから、仕方ないよ。
行って来て、勇哉くん」
あんまり私に固執してくれる勇哉くんがとてもかわいい。
「でも………」
まだ心配そうに私の隣に座っている彼氏は、年下のかわいらしさを残して
いる。
こんなに素直に愛情表現されたら、うれしくなってしまうよ。
心がくすぐったい。
「大丈夫だよ、ちゃんと待ってるから、ね?」
諭すように言うと、仕方なさそうに席を立った。
でも、歩きながらもチラチラとこっちを見ている。
その仕草があまりにもかわいくて、ついに笑いが零れてしまう。
「アイツ、ホストに向いてないかもな」
直樹も呆れたように、クスクスと笑いながら、穏やかな時間を過ごしてい
た。
さすがに勇哉くんも他の席についてからは、心の切り替えができたのか、
ちゃんと仕事をしているようだ。
こんなに私を求めてくれる彼。
誰よりも私を好きだと言ってくれる。上っ面の言葉じゃなくて、きちんと
伝わってくる恋愛感情。
私だけを見て、私だけを愛してくれる。
そんな普通な事がとてもうれしい。
私でも人並みの恋愛ができるんだって、初めてわかった。
これから先、嫉妬もするだろうしケンカもすると思うけれど、でもこの
まま付き合っていきたい。
もう、悲しい恋はしたくないから。
泣くだけの恋なんて、したくないから………。
離れた場所から、勇哉くんを見つめると、彼は隣に座る女の子に話しか
けている。
やっぱり、ホストの彼氏ってつらいなぁ。
でも、真面目に仕事している勇哉くんがかっこよく見えるんだから、不思
議だよね。
「佳織、ごめん。
オレもちょっと他の席に行かなきゃ」
勇哉くんを見つめる私に挨拶をして、直樹も席を離れると、初めて見る新
人ホストがヘルプにきた。
「初めまして、信夫です」
ニッコニコ笑顔な、若い男の子だった。
今時な感じで、少し軽いホスト。
きっと、楽して稼ごうと思ってホストになったクチなんだろうなぁ。
「初めまして」
とりあえず笑顔で対応しながら、彼のための水割りを作って上げる。
「えっと、勇哉くんの客なんすよね?」
「うん、勇哉くんと直樹の客だよ」
いきなり指名してるホストを聞くだなんて、一体どういうつもりなんだろ
うか?
「勇哉くん、大変だったみたいですよね。
噂で聞いたんだけど、客に飛ばれたとか」
…………。
コイツ、頭大丈夫だろうか?
いくら顧客だっつっても、ホストの内部情報を簡単に話題にしちゃダメじ
ゃん。
もし私がそんな事知らなかったらどうするんだろう?
「そう」
「うん、なんでも隆史って他店のホストに担がれたって聞いた。酷いよね、
勇哉くんが有名になりそうだからって潰すなんて」
?
なぜに、そこで隆史の名前が出てくるんだろうか?
「隆史が、勇哉くんを潰す?」
隆史にとって勇哉くんはライバルでも何でもない。
確かに勇哉くんはいいホストだけど、EDENとルージュで店の格がちが
いすぎて、比べようがないのに、わざわざ隆史が勇哉くんを潰すなんて考
えられない。
「そうなんですよ!
なんでも、隆史が自分の客を使って勇哉くんを潰そうとしたらしくって、
勇哉くんもライバル多いですよねぇ」
信夫だか何だかわからないけれど、隆史のことも勇哉くんの事も何も知
らないくせに、勝手に噂してるんじゃないわよっ!
ほっっっんと、この世界って根も葉もない噂がたつ世界よね。
私なんて、旅行で店を1週間休んでただけなのに、「妊娠した」だとか
「結婚した」だとか色々と話が飛び交ってたと和美から聞いて、笑ってし
まった。
まるでゴシップ雑誌に載るアイドルみたいな扱いだよ。
そんなどうでもいいことを思い出していると、勇哉くんがうれしそうに
席に戻ってきた。
「佳織、ただいま!」
ニッコリと笑顔のまま私の隣に座る勇哉くんを、さっきまでとは違ってキ
ラキラと尊敬の眼差しで見つめている信夫。
「勇哉くんですよね?初めまして!
先週入ったばかりの信夫です」
あぁあ、勇哉くんの信者かよ?
なんだか、昔の隆史を見ているようで、自然と笑えてしまう。
「クスクス」
声に出して笑うつもりはなかったのに、ついもれてしまった。
「何で笑うわけ?」
「ん?勇哉くんも一人前になったんだなぁって」
成績がいいだけのホストなんてたくさんいる。
だけど、それだけじゃ後輩から慕われたりしない。
信夫がなんで勇哉くんを尊敬しているのかわからないけれど、勇哉くん
が休んでいる間に、色々と話が膨らんでいたんだろうな。
隆史を悪く思ってるのは許せないけれど、信夫って新米ホストがかわい
らしく思えてきた。
「佳織から見ればどうせ、まだまだなんだろ?」
少し拗ねているように、舌打ちしながら、勇哉くんはグラスに口をつけた。
その仕草も、働きだした当初と違って様になっている。
「ううん、知らない間にお客も増えたみたいだし、ホントすごいと思って
るよ」
もちろん京介や直樹にはかなわないけど、立派にナンバー入りしているし、
すごい成長ぶりだと思う。
「ま、客が増えて調子に乗ってたら、とんでもないことになっちまった辺
り、ダサイけどな」
自嘲的な微笑みにも、成長を感じる。
この時期の男の子って、すごいスピードで大人になって行くんだね。
隆史もそうだったのかな?
再会した時にはすでに、完璧なまでのホストだった。
いつまでも学生気分の抜けない気ままな私と違って、仕事にだけはとて
も真面目だった。
だから私もちゃんと働こうと思ったくらに。
結局、私は隆史の何を見ていたのだろう?
ドンドンとステキになっていく男たち。
私だけが出遅れてしまった。
今度こそ、幸せになろう。
トキメキを感じられるような恋を勇哉くんと二人でしていこう。
そう思った矢先に、信夫くんの一言で、私は理性よりも、本能が勝って
しまった。
「勇哉さんが調子に乗ったわけじゃないっすよ。アレは隆史の陰謀だった
だけ、勇哉さんは全然かっこいいっす」
信夫くんはただ勇哉くんに憧れているだけで、言ったセリフだろうけど、
私には隆史の悪口にしか聞こえなかった。
そして、気が付いたら口を開いていた。
「隆史がそんなことするわけないでしょっっ!
隆史の事何もしらないくせに!!」
言ってしまってから自分でもびっくりしてしまった。
私、何を言ってるんだろ?
信夫くんが隆史をどう思おうが関係ないのに………。
何をムキになってるんだろうか。
よっぽど興奮していたのか、わざわざ立ち上がって大声で叫んでしまって
いた。
おかげで、近所の席から注目を浴びてしまってるし、何よりも勇哉くん
の視線が痛い。
………せっかく新しい恋を二人で育てようと思った所なのに、また隆史の
ことに我を忘れてしまった。
「………」
ああ、ホントどうしよう。
と、とにかく座ろう。
このまま立っていても、余計に目立ってしまうだけだもん。
「オレ、何か悪いこと言ったのかな?」
信夫くんはばつが悪そうに頭をポリポリと掻きながら言ったけれど、信夫
くんは悪くない。
「…………悪くないよ、ごめんね」
ホントに反省しなきゃならないのは、私。
勇哉くんの前で隆史を庇ってしまった私がどう考えても悪い。
「まぁ、他店と言っても、他のホストのせいにしたらダメだよな。
やっぱり客に飛ばれたのはオレが間抜けだっただからだよ、信夫、気にす
んなよ」
最悪だ。
勇哉くんにフォロー入れてもらってるよ、私。
隆史を忘れようとしているって言っても、こんなんじゃ誰も信じてくれ
やしない。
どうしていつも、私は隆史を思ってしまうんだろうか?
何もかも捨てて、何もかも忘れて隆史の事だけを考えてしまうような恋
はしないって決めた。
あんな苦しいだけの恋なんて、もう嫌だ。
だから勇哉くんとステキな恋をしようと決めたとたんに………。
信夫くんは他の席にヘルプに行ってしまい、勇哉くんと二人だけの気まず
い空気が流れる。
どうしよう。
何を喋ればいいのかわからない。
どんな言葉も、言い訳にしかならないような気がして、恐くて口を開くこ
とができなかった。
少しの沈黙を破るように、直樹が席に戻ってきた。
「ただいま、佳織」
入れ替わりに、勇哉くんがボーイに呼ばれている。
今度はさっきと違って勇哉くんもゴテずにすぐに違うテーブルに移動した。
「………最低だよね、私」
きっと直樹は、二人がきまずいのをわかって戻って来てくれたんだと思う。
みんな、私を甘やかし過ぎるよ………。
「佳織は当たり前の事を言っただけだよ。
勇哉が客に飛ばれたのは誰のせいでもない、
その客が悪いんだ。それをいちいち隆史のせいにされたんじゃ、隆史だっ
て可哀想だよな」
「………」
直樹の言ってることはとても正しいけど、私は多分そんなつもりで叫んで
しまったんじゃない。
ただ、何も考えずに隆史を悪く言われたことに腹が立ってしまった。
勇哉くんが客に飛ばれたことも忘れてしまうくらい、ただ隆史の悪口を
言った信夫くんいむかついてしまったんだ。
全然忘れられてないじゃん。
ちっとも、忘れてないじゃん。
こんなにも、私は隆史に心を奪われてしまっている。
勇哉くんを好きだって気持ちに嘘があるわけじゃない。
でも、隆史を好きな気持ちと勇哉くんを好きな気持ちは、何だか少し違う
ような気がしてきた………。
恋と愛情はどこが違うのだろうか?
よくわからないけれど、私は隆史に恋をしている。
激しいほど、隆史にときめいていしまう自分が嫌だった。
勇哉くんに対してはそんな気持ちじゃなく、穏やかに一緒にいたいと思う。
どっちが恋なんだろう?
どっちが愛なんだろう?
「ほら、せっかく店来てんだから、楽しく飲まなきゃ!
最近佳織の愛想笑い見てないんだよなぁ、オレ」
直樹は、グラスに焼酎の水割りを注いで持たせてくれた。
「何よ、愛想笑いって!失礼ね、ちゃんと笑う時は笑ってるよ」
「へぇ、そう?知らなかったや」
「ひっど」
たわいもない会話をして、やり過ごそうとしてくれる直樹。
でも、今の私はそんな気分になれやしない………。
ダメだ。
やけ酒になってしまうよ、このままじゃ………。
「ごめん、話の途中だけどさ、今日は帰る。チェックお願い」
身支度を整えてレジに向かうと、勇哉くんが送り出しのために慌てて戻っ
てきた。
「佳織、もう帰るの?」
「………ごめん、また来るね」
なんだかまともに勇哉くんの顔を見るのがつらい。
「「ありがとございました」」
エレベーターに乗り込み、勇哉くんと直樹に送り出してもらった。
ダメだなぁ。
隆史のことであんな感情的になるなんて、まだ、ちっとも忘れてないよ…
……。
ちょっと、頭冷やさないとマジで落ち込んじゃいそう。
ルージュの近くにある喫茶店でアイスティでも飲もうかな………。
何となく、このまま部屋に帰る気にもなれないし。
そんな思いで足を伸ばすと、お気に入りの奥の席が空いていて、ソコに
座ろうとしたとき、意外な男に声をかけられた。
「佳織?!」
まだ営業しているルージュのマスター・川上だった。
「何、さぼり?」
「まっさか!待ち合わせだよ」
こんな時間に開いてるいる喫茶店には、たくさんのお水が集まる。
ホステスにホスト、ボーイや黒服。
後、アフター後のお客さんとか、たくさんの飲み屋に関係する客ばかり。
そんな中で堂々と、待ち合わせって、同伴?
でも、確か川上って、現役を退いていたはずだよね?
自分の客をみんな店の客にして、今じゃあほとんど経営に回ってるはず
なのに………。
「ふぅん」
ま、どうでもいいや、川上の事なんて。
「えらく素っ気ないな。どうせお前も暇なんだろ?だったら相手が来るま
で喋ろうぜ!ルージュに来なくても、無料でオレが接客するなんてめずら
しんだから、つき合えって」
……………。
何様だよ、川上って。
でも、私も別に暇だし、付き合ってやるか。
「で、誰と待ち合わせしてるの?」
川上はニッコリと、極上の笑顔で答えた。
「すっげぇ大物!
ソイツがうちの店に引き抜かれたら、きっと1ヶ月の売り上げは倍以上だ
ぜ」
ほんと、コイツの頭には金しかないのだろうか?
まぁ、昔からそういうヤツだったけどさ…。
「なぁんだ、男か。
ビッグな客かと思った。
あまりにもVIP過ぎて、マスター自らがお迎えに上がらなきゃならない
ような」
そりゃそうだよね、相手が女ならいくら時間つぶしって言っても、私と一
緒じゃやばいか。
そんなたわいもない話をしていると、店内にざわめきが起こった。
誰かが入って来たらしく、入り口から静かに、だけど客の注目を浴びる
ようにしながら優雅な足取りで姿を現したのは隆史だった。
「えっっ」
思わず腕時計を見ると4時半を過ぎている。
ああ、そうか。
EDENはもう閉店したんだ。
………。
「待たせましたか?」
隆史は、一瞬川上と向かい合うように座る私に驚いたけれど、すぐにソレ
を隠し、川上に挨拶する。
川上の待ち合わせ相手って、隆史だったの?
なんで、隆史が川上と?!
「いや、待ってないよ」
隆史は私の隣に座り、チラリと視線を送る。
まるで「何でココにいるんだ?」と言いたげだった。
…………。
「で、話って何?」
川上は早速、本題に入ろうとしたのに、隆史は再び私を見た。
…………。
「私がいない方がいいみたいだし、帰るね」
なんだか私に聞かせたくない話を、隆史は川上としようとしているみたい
だ。
なぜ?
何を喋るの?
ホントはすごく気になる。
………でも、ダメだとわかっている。
これ以上隆史に係わっちゃだめ。
私は勇哉くんと恋をするんだから………。
自分の伝票を持って立つと、隆史はサッと私の手から伝票を奪い、冷たい
作り物なホストの笑顔で一言。
「ココはオレが払うから」
………。
店で何度か見たことがある、営業スマイル。
優しく笑ってるように見せているけど、ホントは感情の入っていない作り
物。
隆史の本物の笑顔はもっと、もっと優しいのを知っている。
どうやら仕事モードのままな隆史。
そりゃ、ルージュのマスターと話しをするくらいだから、ホストのままじ
ゃないといけないんだろうけどさ、何だか淋しい。
「ごちそうさまでした」
私も他人行儀に挨拶だけして、そのまま茶店を出た。
…………。
なんで隆史がルージュのマスターと会ってたんだろう?
………隆史を忘れなきゃと思っているのに、こんなにも気になってしま
う、情けない自分。
もう、あんなに苦しい思いはしたくない。
独占欲と嫉妬で女々しいほど情けない自分に戻りたくない。
ただ、幸せになりたいだけ………。
自分の部屋へ帰ろうと、ゆっくり歩いていた私は、隆史に声をかけられ
た。
「待てよ!」
走ってきたのか、うっすらと額に汗を浮かべている。
「………川上との話は終わったの?」
「ああ、渡したいモノがあっただけだから。
それよりさ………」
スーツ姿の隆史は、大人の男って感じがして一番ステキに見える。
仕事が終わって、ネクタイを外し、ボタンをゆるめているからよけいに
色っぽく感じられて、それだけでもドキドキしてしまいそうになる。
「何?」
隆史は目を伏せて、もともと綺麗な顔つきにさらに憂いを絡ませた。
「………勇哉の未収が解決したらさ、戻って来いとは言わない。ただ、オ
レを助けてくれないか?」
………私が隆史を助ける?
「無理、だよ」
私なんか隆史の力にならない。
隆史をNO1にしてあげたかったけど、それすらもできなかった。
私の協力なんて必要ないくらい、隆史は実力でのし上がって来たんだんだ。
「今返事を聞きたいわけじゃないよ。ただ、覚えていてくれるだけでいい
からさ、オレが佳織を必要としているって事を」
切なく思いこんでいた表情を一転させて、ニッコリと笑顔な隆史。
さっき、川上の前で見せたホストの笑顔をとは違う本物。
少し意地悪そうに目を細めて笑うのが、本物の隆史。
きっと、周りから見たら、コッチの笑顔の方が優しくないと思うんだろう
けど、私は知ってる。
作り物の優しさで覆われた笑顔の何倍もこっちの顔に隠された隆史の穏
やかな気持ち。
「………勇哉くんね、未収が解決したらバイトやめるんだって、そしたら
私もホスト遊びはやめる。だから、多分隆史の力にはなれないよ」
もう、ホントに疲れたの。
「あのなぁ、オレは店に来てくれって、言ってるわけじゃないよ、ったく。
お前はいっつもそうな、オレが何か言うとすぐに営業だと思いやがってさ、
もっと素直に人の話を聞けよ」
…………。
どんなステキな言葉も、甘い言葉も私を酔わせてくれるけど、幸せには
してくれない。
隆史は、好きになるだけで苦しい人。
もう、2度とあんな思いはしたくない。
「私、勇哉くんが好き。
だから、隆史とは会わない、電話もしないで」
もう、会わない。
会っちゃいけない。
隆史を忘れて、勇哉くんと未来を生きるって決めたんだ。
ホントは今にも泣きそう。
だって、隆史が私をフることはあっても、私が隆史をフるなんてことはあ
ってはいけないはずだった。
顔を見るだけでドキドキするくらいに好きな人。
いつも忘れられなかった。
一人で淋しいときも、仕事で傷ついた時も、どんな時も心の中にいる隆史
を支えにしていた。
たまにくれるメールを保護って、伝言メッセに残された声を何度も聞き返
して、側にいてくれなくても隆史を支えにしていた。
もう、そんな生活は嫌だ。
思い出だけじゃ、幸せになれない。
側に居て欲しいときに、隣にいない男。
会いたい時に会えない男………。
「………佳織はソレでいいのか?」
もう、揺らめいたりしたくない。
苦しみも、悲しみも全部隆史と一緒に葬りさってしまいたい。
どれだけの長い月日を、私はあなたを思ってきたのだろうか?
本気で、恋をしてた。
全力で、隆史を好きだった。
「佳織は、半端に誰かと恋できる女じゃないよ。自分ではわかってないだ
ろうけど、お前は凄く激しく誰かを愛してしまうんだ。
周りから見れば、異常な程の深い思いで好きになる。
その感情をオレ以外の男が受け止められると思ってるの?」
…………。
どうしてこの男は、別れ話の最中だってのに、こうも冷静なんだろうか?
嫌になるくらい、飄々としている隆史。
そうよ、自分だってわかっている。
異常なまでの独占欲と嫉妬。そしてソレを理解してるからこそ、自由にし
てあげたいって気持ちが上手くかみあわなくて、どうしようもない。
そんな自分が大嫌いだった。
私は誰よりも私を嫌いだった。
田所よりも、何よりも、私自身が一番憎かった。
隆史を好きなのに、隆史の自由を、成長を奪いたいと望んでしまう自分が
………。
そんな恋は、いらない。
「もう、そんな恋はしない」
きっと、若さとか言い訳だね。
相手が隆史だったから、私はそんな激しい恋をした。
立っているだけで、女が寄ってくるような男だったから、激しい嫉妬で狂
いそうになった。
誰かが言ってた。憎悪と愛情は表裏一体だって。
その通りだと思う。
隆史を好き過ぎて、私の側にいてくれないだけで落ち込んで、恨みそう
になってしまう。
隆史は田所を嫌いだと言う。
だけど、それすら恨めしいんだ、私は。
嫌いって感情であっても、憎しみって感情であっても私以外の女が隆史の
心に存在するだけで、憎い。
こんな最低な嫉妬深い女が、ホントの私かもしれない。
でも、相手が隆史じゃなければ私はそこまで思わない。
そりゃ、嫉妬もするし、束縛もしたいと思うけど、そこまで強烈な感情な
んかじゃない。
勇哉くんと、穏やかにゆっくりと愛を育てながら時間を共有していくの。
「………無理だよ、佳織の中の女の感情は、そんなに簡単じゃない。
すぐに物足りなくなってしまうよ。
勇哉じゃ、受け止めきれない程の愛情を抱えて、また苦しい思いをするだ
けだ。
だったら、オレの隣に来い!
今ならまだ間に合うだろ?
佳織の気持ちも、まだ、少しは残ってるんだろ?」
…………………。
隆史は、知ってた?
私が、どんな思いで隆史を見つめ続けて居たのか………。
そして、どれだけ嫉妬していたか、も?
「それでも、ホストをやめてくれなかったんだ、ね。
どれだけ苦しかったかもわかっていたのに、どれだけ私が隆史を愛してい
たかも知っていたのに、隆史は仕事を優先させてたんだ………」
何だか、余計にショックだ。
隠してるつもりだった。
どす黒い感情を、ちゃんと隠してるつもりだったからこそ、我慢してたの
に、我慢しなくても良かったの?
もう、わからないよ………。
隆史は、一体、私とどうしたかったの?
「オレは、うぬぼれてたんだよ。
今は苦しくても、佳織はいつまでも隣にいるって信じてた。
それくらい、オレの事を思ってくれているって。
でも、違った………」
それって、私の思いが足りないってこと?
「隆史はもっともっと私が苦しめばいいと思っていたの?」
もう、何もかもわからない。
今さら、聞いても仕方ないのに、だけど、聞かずにいられない。
「違う!
苦しませたかったわけじゃない!
でも、ずっとオレの側にいるって信じてたんだ。どれだけ苦しくても、ど
れだけ辛くても、オレの隣にいてくれるって」
………………。
いたかった!
ホントはずっと一緒にいたかったけど、どんどんと醜くなっていく自分を
止められなくて、………隆史に嫌われるのが恐くて、私は自分を偽ってま
でも隣にいようとした。
だから、限界がきた。
もう、無理だと思った。
隆史が他の女と楽しく二人で喋ってるかと想像するだけで、苦しくて藻掻
きそうになるほど苦しくて、もう、無理だった。
「………ごめん、なさい」
もう、何もできない。
今度こそ、普通の恋をする。
幸せになれる、普通の恋をするの。
だから…………。
|