ダブルボーイ
ダブルボーイ

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1 プロローグ 2 失恋気分 3 オプション込み 4 新しい香り 強すぎる恋 6 祝福できない
7温度差 8 嘘と裏切り 9 プロポーズ 10以心伝心 11 早すぎる出会い 12 エピローグ

●●●
6 祝福できない

「佳織!今日さ、未収解決したんだ!」
ニッコニコと笑顔で、勇哉くんが私の部屋へやって来たのは、隆史と話し
てから1週間後だった。
「え?まだ残ってたじゃん」
「ん!でもなんか本人が反省して全額払ってくれたってマスターが言って
た」
……………。
 なんだか不自然。
未収客が飛んで、ホスト本人が取り立ててやっと返してもらうのはわかる
けど、行方までくらませて、どこにいるかもわからなくしてしまうような
客が、いきなり反省したってのも理不尽だ。
それに、川上にしたら客が払おうが、勇哉くんが返そうがどっちにしても
全額手元に入るなら問題ないから、わざわざ自分のコネを使ったりもしな
いだろう………。
「よろこんでくれないの?
せっかくこれから、どこでも一緒に歩けるようになるのに」
少し拗ねたように、私の機嫌を伺う勇哉くん。
 その目がまるで犬のようにクルクルと愛らしくて、思わず抱きしめたい
衝動にかられてしまう。
「そうだね、繁華街歩いても営業妨害にならないんだよね、これからは」
ホステスと違って、ホストは同年代の客が多いから昼日中から繁華街をウ
ロウロしていたら、すぐに噂になってしまう。
だから、デートをするときは地方まで車で出かけたりしなきゃならない。
もちろん、旅行とかなら平気なんだけど。
「じゃあさ、一緒に買い物しよう!
オレ、ソロソロ洋服買いたかったし。それに一緒に普通のデートがしたい」
………普通のデート。
勇哉くんは何気なく言っただろう、その一言が、私の胸には重く響いた。
 オープンカフェでお茶したり、昼間から人の目を気にしないで手をつな
いだり。
そんなデートを何年もしていない自分に気が付いてしまった。
 私だけなら平気だけど、相手も水商売だと不可能に近いデート。
そりゃ、寂しさを紛らわすために付き合った男たちは同業者じゃなかった
んだけど、わざわざ早起きして会いたいって気持ちにもなれなかったし、
正直、抱きしめて甘い言葉をくれるだけで良かった。
 なんだか、ホント真面目な恋愛してこなかったよな………。
隆史を忘れたくて、ただソレだけで寂しさから逃げるような恋愛ばかりし
てた。
「そうだね!
私も仕事が終わったら真面目に帰るようにするね、そしたら朝早くからだ
って起きれるし、いっぱいデートできるもん」
もう、つまならい恋はしない。
だから、ホスト遊びもやめよう。
「ソレって………ルージュやEDENには行かないって、事?」
期待と、少しの不安を織り交ぜた勇哉くんの瞳。
 そんな年下の彼がともてかわいいと思える
私は大きくうなずいた。 
「うん!
お店に行かなくても、勇哉くんがいれば淋しくないもん」
お酒で紛らわすのも、ホストに紛らわせてもらうのも、もうやめる。
 お金で精算できる関係なんて、いらない。
私が欲しいのは確かな恋。
 幸せな恋だから。
「やった!マジ?ってか、嘘とか言われたら、オレすっごい傷つくからや
めろよな」
素直に喜んでくれる勇哉くん。
「嘘じゃないって!ホントに行かないよ」
そう言うと、勇哉くんはうれしさのあまり私に抱きついてきた。
 ギュッと力一杯だきしめて喜びを表現してくれる。
「すっげぇ、うれしい。佳織大好き!」
今、私を抱きしめてくれる力強さが、誰よりも勇哉くんが私の近くにいて
くれるのを実感させてくれる。
 夢の中や、心の中でしか会えない虚しいだけの恋じゃない。
 勇哉くんの存在を私は感じている。
「私も大好き」
この幸せをずっと感じていたい。
 今度こそ、隆史を忘れられるよね?


 勇哉くんは、川上が渋い顔をしたにもかかわらず、未収が解決した翌日
にルージュをやめた。
気持ちいいくらいにすっぱりと。
「だって、続けても仕方ねぇじゃん。
早く佳織と遊びに行きたいし」
学校帰りにメールで呼び出されて、早速デート中。
でも、制服姿の彼と私服の私とじゃ、ちょっと変な感じもする。
あ、逆援助とか思われたりするのかなぁ?
ちょっとショックだ。
「オレは大学決まってるし、後はずっと佳織と一緒にいられる」
こんなに素直に、言われると私の方が恥ずかしくなってしまう。
今の男の子ってみんなこんな感じなんだろうか?
「じゃあ今日は泊まって行く?
仕事してる間暇だろうからテキトーにくつろいでくれてればいいよ。テレ
ビ見ててもいいし」
「やっぱ仕事行っちゃうよなぁ。何も考えてなかったけど、オレも一度家
に戻る。その後弘幸たちと遊んでるから、仕事終わったらメール頂戴。す
ぐ迎えに行く」
「うん」
お茶だけ飲んで、デートの約束をするとすぐにバイバイした。
夕方って、出勤前であんまり時間がなかったから。
 でも、仕事が終わると今日はずっと勇哉くんと一緒にいれる!
 朝まで、ううん、明日の夕方までずっと一緒♪
今日の仕事早く終わるといいな。
 恋の始まりって、いつもドキドキする。
会えるだけでうれしくて、声を聞くだけで眠れなくなちゃう。
もう、何も考えずにこの余韻に浸っていたい。
勇哉くんのことだけを考えて日々を過ごすの。
そうすれば、私はもっと勇哉くんを好きになるから………。
 仕事が終わったらどんなデートをしようかな?
とりあえず手をつないで歩こう!
それから、二人でゲーセンやカラオケなんかもいいな。
その後は私の部屋に戻って朝までイチャイチャするの。
ただ隣にいるだけでいい。
肩を抱かれたり、目が合うだけでもドキドキしちゃうはずだから………。


「こら、佳織!
また色ボケしてる!
メイクしながらニヤニヤされるときもいっすよ」
店の更衣室で念入りにメイク直しをしていると、和美が派手にドアを開け
て入って来るなり、更衣室中に響く大きな声で挨拶してきた。
「うわっ、色ボケって………どうしてそう和美ってば言葉使い悪いの?」
それに、ニヤニヤしてるつもりなんてなかったんだよね。
唇にグロス塗ってるとそうなっただけで、多分。
「あらそう?佳織の学生時代より綺麗な言葉使いだと思うわよ♪」
和美の方がニコニコと笑顔で早速メイクポーチを取り出して私の隣に座っ
た。
 大きな鏡を二人で陣取って、化粧をしながら、なんだか学生時代に戻っ
たようにたいわもない会話をしてしまった。
 何も考えないで、楽しい時間。
仕事は疲れるけど、こうやって笑える日々を過ごしたい。
何気ない毎日を、当たり前のように………。

「佳織ちゃん、お客様いらっしゃったから、そろそろフロアに出てくれる?」
ママから直にお呼びがかかってしまったから、仕方なくフロアに出た。

 毎週来てくれる、松田さんが席に行くとニコリと笑顔で迎えてくれた。
「佳織、元気してた?」
「当たり前じゃん、私はいつも元気だよ」
どれだけ悲しくても、疲れていても、店に出れば嫌なことを忘れさせてく
れる。
 仕事ってホント凄いよね。
気持ちを紛らわせてくれる。
人と接する仕事だから、特になのかもしれないけれど、私は何度もお客様
に救われてきた。
最初はバカなオヤジ共がねぇちゃんに相手してもらいたくて、高い金払っ
ているだけだと思っていたけれど、どんどんと年数を重ねるたびに分かっ
てきた。
ホステスも、お客様に十分に助けてもらっている。
 そんなことを感じながら仕事を終えて、早速勇哉くんにメールを打った。
 返事を待っていると、勇哉くんは返信メールよりも先に姿を現した。
「そろそろ終わる時間だと思って、近くで待ってたんだ」
ニコリと、歯を見せて夜なのに爽やかな笑顔。
清々しいって表現が似合うのかな?
若さを感じてしまう………。
「そっか、ありがとう!
これからどうする?」
勇哉くんは少し歩きながら考えようと言って、私の手を繋ぎ一歩を踏み出
した。
 プールオムの優しい匂いが、フワリと鼻をくすぐる中、繋がれた温かい
指先が恥ずかしくて、少し俯いてしまった。
 それこそ、今さら手をつないだくらいでって感じなのに、やっぱりドキ
ドキしちゃう。
今、私たちは周りからどんな風に見えるのかな?
 ちゃんと恋人同士に見えてるだろうか?
少なくとも、スーツ姿じゃない勇哉くんと一緒だからホストとその客には
見えないだろうなぁ。
「佳織、最近クラブにも行ってないの?」
目的地があるのか、ひたすら歩き続ける勇哉くんが不意に足を止めて、
私を見た。
「え?」
「ほら、前はクラブに行ってたじゃん。よく考えたらさ、仕事終わっ
て遊ぶ所って限られてるだろ?だから水商売の女の子ってホストに通うの
が多いんだと思う。ソレをオレのせいでやめてもらったんだけど、それじ
ゃあ佳織は仕事終わってから、どこで遊べばいいんだ?って考えてさ……
…」
「クラブ、行ってもいいの?」
ホストクラブにはまる前までは、よく出入りしていたクラブがあったけれ
ど、最近はあんまり顔を出していない。
ウザイナンパが多いし、高校生が多くてノリがついていけくなってしまっ
た。
やばっ、
何気に、私ってばババァの仲間入り??
「ん〜、微妙。
自分がナンパばっかしてたから、思うだけかもしれないけど、ああいう場
所って、出会いがたくさんあるから、ホントはすっげぇ心配」
少し不安そうに、考え込むような勇哉くんを見て、なんだかかわいいと思
ってしまった。
 素直に心配だと言える彼。
私にはそんな勇気がなかった。
嫉妬深いと思われるのが恐くて、がんじがらめに束縛してうざがられるの
が恐くて、何も言えなかった。
いつも、取り繕ってばかりの姿で、恋をしていた。
「じゃあ行かない。
でも、カラオケくらいは許してね♪」
年下のかわいらしい勇哉くんの顔を歪ませたくない。
 彼が私を束縛したいなら、可能な範囲でソレをさせてあげたい。
 そう思い始めた私は、ちょっとヤバイのだろうか?


 レゲエバーで軽く飲んでから二人は私の部屋へと向かった。
「あっ、待って!」
マンションの入り口にあるポストの鍵を合わせて、中からごっそりと溜ま
ったダイレクトメールを取り出してから、エレベーターに乗った。
「佳織、ずっと一緒にいような」
後から乗った私を、後ろから抱きしめる勇哉くん。
「………ん」
回された腕に自分の手を重ねながら、その温かさを確認する。
 ギュッと力強く抱きしめてくれる腕。
ココは、マンションのエレベーター。
いつ、止まるかわからないけれど、今だけは二人の空間。
もうすぐ部屋に辿りつくのに、ソレまで待てない程、私を離さないでいよ
うとしてくれるのがうれしい。
「ずっとだぞ?オレが大学卒業して、社会人になっても、だよ?」
……………。
 ソレってプロポーズだろうか?
「勇哉くんはどんな所に就職したいの?」
大学受かったばかりの彼には、まだ遠い未来かもしれないけれど、つい聞
いてしまった。
「佳織、話そらした!
そんな話はしてないの!オレはずっと一緒にいようなって言ってるんだか
ら、返事は?」
「………うん」
いつまで一緒にいられるんだろうか?
明日?
明後日?
来週?
来月?
来年?
…………ホントはわからない。
いつ、勇哉くんの心が私から離れるかもわからない。
将来の約束なんて、恋人同士の甘い会話を成立させるだけのもので、深い
意味なんてないのかもしれない。
約束を信じて、期待して、裏切られるのは嫌だ。
だけど、今そんな事を言って、この空気を変えるも嫌。
「オレ、本気だからな!」
私の気持ちを見透かしたかのような、勇哉くんの発言。
 本気。
今は本気。
だけど、先までわからない。
今が楽しければ、ソレでいい。
もう、むやみに不安になりたくないよ………。

 ドアの鍵を閉めて部屋に入るなり、勇哉くんは私の唇を、自分の唇で
塞いだ。
「………んっ」
「ごめん、でも早く抱きたい」
彼は、何を焦っているんだろう?
そして、私は何が不安なんだろう?
「うん、でも先にシャワー浴びたいから、待ってて」
荷物を置いて、着替えの用意をしている手に、勇哉くんの手が重なった。
「やだ、離れたくない。
一緒に入ろうよ」
なっ。えっ?
ええっっっ?
「だ、ダメだよ!!すっごい恥ずかしい。
お風呂はヤダ!」
うわっ。
何をうろたえてるんだろうか、私。
まるで処女みたいに、すっごい真っ赤になってるよ。
「なんで?散々裸見たのに?」
……………。
サクッと勇哉くんてば、すごい事を言ってくれる。
そりゃ、確かに何度も見たでしょうけど、そうでしょうけど………。
「お風呂はヤダ!
早く上がるから、お願い待ってて!!」
強引に、勇哉くんをリビングのソファに座らせて、急いで風呂場に入った。
一応、念のため鍵をしめて。

 シャワーを浴びてリビングに入ると、勇哉くんはビールを飲みなが
らくつろいでいた。
「あ、風呂上がりって萌える〜〜〜〜」
萌える?
萌えるって、燃える?
「何言ってんのよ!
私にもビール頂戴」
勇哉くんの飲みかけのビールをあおって、テーブルの上に無造作に置いて
あった、ダイレクトメールを確認していくと、一つだけ、真っ黒な封筒が
あった。
黒い封筒なんて、どんな店だよ?
 そう思いつつ裏返して、差出人を見ると京介と書かれてあった。
ホストからのダイレクトメールって、だいたいが、独立開店のお知らせだ
ったりする。
「何、京介、独立でもするの?」
勇哉くんに、チラリと封筒を見せながら聞いてみると、テレビを見ていた
はずの勇哉くんは身を乗り出して、首を振った。
「マジで?オレ聞いてないけど」
封を切って中から少し厚めの二つ折の紙を取り出すと、中から懐かしい匂
いがした。
 忘れることのできない、プラチナムの香り。
なぜ?
 ドキドキと鼓動が早くなる。
もしかして、隆史?
京介の香水はプラチナムじゃなかった。
まるで紙にしみこませていたかのように、広がる匂い。
「ホントだ、店、出すみたいだな」
………。
勇哉くんの視線は私の手元にあるカード。

 挨拶から始まって、最後に店名と、オープンセレモニーの招待状になっ
ていた。
 ラストに書かれた部分に………
『忘れられないカオリを求めてperfumeへ』
と印刷されてある。
そして、代表者は隆史の名前だった。
 隆史が独立?
店名がperfume=香水だから、別に忘れられないカオリを求めてと書いてあ
っても不思議はないのに、私の心臓はドキドキと止まらない。
 まるで、自分の事を書かれてるような錯覚に陥ってしまう。
「でも、京介が店を出すんじゃなくて、隆史が、出すみたい………」
言わなくても、きっと勇哉くんも読んでいるはずなのに、言葉にしなきゃ
いけないような気がした。
 心の中でだけ、思うのはなんだか悪いような罪悪感があるのに、なのに
それでも私は隆史にドキドキしている。
「そうだな、代表者は隆史だもんな」
隆史が独立………。
そりゃ、あれだけ顧客を掴んでいれば、そんな話があっても不思議じゃな
い。
 それに、彼はもっと大きくなるのが夢だと言っていた。
開店が、その夢だったのだろうか?
隆史の夢が、叶う。
 かけつけて、おめでとうと叫びたい!
ずっと願っていた夢を叶えた隆史。
 ほんと、おめでとう!
やっぱり、隆史は私が助けなくても十分一人でやっていける。
私なんかいなくても、ちゃんと夢を叶えるだけの力を持っていた。


「お祝い、しなきゃいけないんだろ?」
目を伏せて唇を噛みしめながら、低く籠もった勇哉くんの声を聞いて、
私は思い出した。
「………花を贈っとく、勇哉くんと連名にしようか?」
今、私は勇哉くんと付き合っている。
 彼氏と一緒にいるのに、他の男の事なんて考えちゃいけない。
  もちろん、店に行くわけにもいかない。
「………いい、佳織の名前だけのが、隆史もうれしんじゃね?」
………。
「じゃあ、花も贈らない」
勇哉くんを裏切りたくない。
まだ、隆史を忘れていない私を受け入れてくれようとしてくれる彼を悲し
ませたくない。
「………ごめん、オレ嫉妬してる。
佳織の好きにしていい………店に行きたいなら、行けばいい」
苦しそうに目をきつくつむりながら、一言ずつ言葉を選んで喋っている
勇哉くん。
「………行かない、行かないよ」
こんな表情をさせたいわけじゃない。
 もう、隆史には会わない。
そう決めたんだ。
それに、この招待状の送り主は隆史じゃなくて京介だった。
 いく必要なんてどこにもない。
ただ、心の中で祝福するだけでも、きっといけないんだ。
「………まだ、隆史を好きなんだろ?」
「今は勇哉くんだけを見ているよ」
そう言ったものの、私の心はどこにあるんだろうか?
自分でも思う。
本気で隆史を忘れたいと願っているのに、どうしてこんな些細な事でグラ
グラしてしまうんだろうか?
 町中でプラチナムの匂いを鼻にするだけでも、思い出してしまうのに、
こうやって隆史の店からの手紙なんてもらってしまったら、思い出さずに
いられないよ………。

 もう、構わないでくれたらいいのに。
「………ホントに、いいのか?
本気で隆史を忘れてくれる?
ちゃんと、オレだけを見てくれる?」
不安に目を揺らせながら、勇哉くんはきつく私の手を握りしめた。
 あまりの握力で、手首が痛くなるほど強く………。
私のせいだね。
勇哉くんに、こんな思いさせて最低の彼女だよね。
「大好きだよ」
握られた手に、ソッと自分の手を重ねた。
自分にも言い聞かすようなセリフになってしまった。
大好き。
勇哉くんが大好き。
「………オレ、なんかカッコ悪ぃな。
今日はやっぱ、このまま帰るや」
今、一人になんてなりたくない。
「帰らないでよ、淋しいじゃん」
 一人になったら、つい、隆史にメールを打ってしまいそうになるのがわ
かる。
おめでとうと一言だけ、伝えたくて我慢できなくなってしまう。
 そんなの嫌だ。
我が儘だってわかってるけど、勇哉くんに側にいてもらいたい。
「………佳織、無理に好きになるのって、変だよ………」
帰ろうとする勇哉くんの服を掴む私に、彼は背中を向けたまま話しかけた。
 だから、表情が見えない。
でも、私、本気で最悪なセリフを勇哉くんに言わせてるんじゃないだろう
か?
  隆史を忘れられないまま、誰かと付き合うのって、こういうことだとち
ゃんとわかっていたのに…………。
「無理にじゃないよっ!
勇哉くんを好きって気持ちに嘘はない!」
本当に勇哉くんを好きだ。
でも、隆史を忘れられないのもホント。
最近は、考えない時間も多くなってきたけれど、こんな風に手紙に彼の名
前を見るとやっぱり引き戻されてしまう。
  そのたびに、勇哉くんを傷つけてしまう。
直樹の時に懲りたはずなのに、私はまた、同じことを繰り返している……
…。
隆史を忘れたくて、隆史に恋したくなくて、他の男を好きになろうとして、
結局相手を苦しめてしまっているんだ。
「佳織………、最近幸せそうに笑ってる顔見てないよ、オレ」
 幸せそうな笑顔?
そんなの、もう長いこと笑ってない………気がする。
 仕事柄、愛想笑いならいくつもしてきたけれど、心から微笑んだのはい
つだったんだろ?
思い出せないくらい遠い昔、かもしれない。
何も考えないで、幸せに笑ってた頃、か。
「そんな時代、あったのかな?
なんだか、悲しいことしか思い出せないよ」
普通に笑えていたのはきっと、隆史に恋をする前までだ。
「………ほとんどの思い出ってさ、美化されるもんなんだって。
まだ、悲しいって感情になるのは、思い出になってないからだよ………。
 オレ、いつまで待てばいいの?
佳織がちゃんとオレとつき合うって、まだまだ先なのか?」
思い出は必ずしも美化されるのかしら?
苦しみや悲しみは風化することはあっても、いい思い出になることなんて
ない。
きっと、私は隆史との恋を美化するなんてできない。
思い出すたびに、鮮やかによみがえってしまって、また好きになってしま
うような恋だもの。
だから、思い出さないのが一番いいんんだ。
「ごめん、ね」
いつまでたっても煮え切らない。
じらしてるわけじゃないけれど、どうしても新しい恋に踏み出せない。
勇哉くんを好きだけど、つき合うのが怖い。
「ごめんばっかだよな!
もう、いいよ!」
勇哉くんは投げ捨てるように、語調を荒くした。
 …………。
私には返す言葉が見つからない。
謝る以外に、何もできないから………。
 誰かと恋人になってしまうのが、すごく怖い。
 隆史を好きなままの私ですら、受け入れてくれようとしていた勇哉くん
をこれ以上裏切りたくも、傷つけたくもないから、きちんとけじめがつく
までつき合わないでいようと思った。
でも、それは逆にいけないことだったのだろうか?
「佳織の気持ちなんて関係ねぇ!
もう待たない、オレが佳織を好きなんだから、それでいいだろ」
 勇哉くんは強引に私の腕をつかみ、引き寄せた。
 力まかせに抱きしめられて、苦しいのに、うれしい。
 今度こそ、幸せな恋をするって決めたんだ。
私が笑っていられるのは、この腕の中なのかもしれない。
「………うん」
 自分の決断に自信がなくて、小さく小さく、吐息と間違えるほどの大き
さの声で返事をした。
 だけど、勇哉くんは決して聞き逃すわけがない。
「今、うんっつったよな?
もう、キャンセル無しだよ!
オレら恋人だかんな!!」
幸せな笑顔で見つめられて、ついばむようなキスされた。
 ………こんなに喜んでくれるなんて、私、幸せだよ。
「好きだよ、勇哉くんのそういう所」
素直に、気持ちをぶつけてくれるのがホントにうれしい。
 何をこだわっていたのだろうか?
私は、恋したいだけだったのに、たくさんの理由をつけて、逃げてしまっ
ていた。
「オレはもっと好き」
顔を崩したままで、今度は頬にキスを一つ。
「佳織の顔が好き」
そういいながら、首筋にキスを一つ。
「声が好き」
今度は唇にキスを一つ。
「全部好き」
暖かい手のひらが、服の中に入って素肌を刺激してきた………。
 いくつものキスと、告白で体が熱くなってくる。
  好きって言われると、言われるぶんだけ、心の中にじんわりとした暖か
い気持ちがあふれてくのがわかる。
乾いた心が満たされていく。
 久しぶりに男の肌を感じる。
体の触れ合いって、寂しさを紛らわすものじゃなくて、気持ちを重ねるこ
となんだと今更思い出した。
 勇哉くんの思いが、私の体に注ぎ込まれていく。
私は彼の思いを受け止める。
そういう神聖な儀式めいた行為だったんだよね、本来は。
もう、長い間忘れていた感情がよけに体を潤ませて、二人で激しい快楽の
夜を楽しんだ。



アンケート

誤字・脱字:





2004-2005©白雪姫-hime-