ホスティボーイ
ホスティボーイ

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1 プロローグ 2 運命の再会 3消せない記録 4 元サヤ 5たった一言 6 客OR彼女?
7 合い鍵 8 料理上手に床上手 9 言いたくないの 10 未来予想図 11 壊裂する恋 12

●●●
3 消せない記録

 せっかくカラオケに来たのに1曲も歌わずに喋り続ける二人を遮ったの
は、和美の携帯電話だった。
「あれ?番号しか出てないや、誰だろ」
液晶を見て、首をかしげながら和美は通話ボタンを押した。
たまに登録し忘れたお客さんからとか電話があったりするから、私た
ちホステスは知らない番号でも必ず出る。
しかも寝てる間にワン切りとかあったら、コールバックしちゃって、迷
惑することも多々あるんだよね。
「ああ、剛史くんか。もう店終わったの?」
………剛史くん?
店?
「えっ。ちょっと待ってね」
和美はそう言うと、自分の携帯電話を私に渡した。
「何?」
「隆史くん………」
ゲッ。
忘れてました、すっかり。
4時半に電話するように言われてたのを…。
怒ってるだろうなぁ。
恐る恐る電話に出ると、機会を通してでも麗しい隆史の声。
『おれ、電話してって言ったよな?
今、何時か分かる?』
「ごめん。隆史に会えたのがうれしくって、つい………」
『人の電話借りてるから、今から掛け直して来てよ』
「わかった」
とりあえず和美に携帯を返して、カバンの中から隆史にもらった名刺を
取り出した。
店名の下に隆史の名前があって、さらにその下には店の番号と隆史の携帯
番号が印刷されている。
そのナンバーをダイヤルした。
『…なんで?』
うわ、まだ怒ってるのかな。。。
「ごめん!和美と喋ってたら、時間が過ぎるのが早くて……」
『そのことじゃなくて。
ま、いいや。佳織は今どこにいるの?』
「カラオケボックス」
『今から、ソコに行っていい?』
え?
ソコって、ココだよね?
「ちょっと、待ってね」
電話を抑えながら和美に、隆史が来る事を伝えた。
和美は、呆れたようにうなずきながら帰り支度を始めると、隆史の到着と
同時にボックスを出た。
「佳織と私の時間を割いた貸しは高いからね!」
ソレだけを言うと、すれ違うように出ていった。

和美を見送るように、視線を部屋の外へと向けてる私の隣に、隆史
はダルそうにきつく締められていたネクタイを片手でほぐしながら、座っ
た。
その瞬間に、プラチナムの香りが風に乗って伝わってくる。
「和美ちゃん、気使ってくれたんだ?」
「そうみたいだね。別に一緒でも良かったのにね」
「うん。でも二人きりの方がよりうれしい」
心臓に直接打ち込まれてしまった。
爆死しちゃうよ、こんなセリフを忘れられなかった男から言われると。
「佳織さ、電話番号変えてなかったんだな」
隆史は自分の携帯を取り出して、数回ボタンをおしてから、私に液晶を見
せた。
グループ0。
佳織。
その下に私の電話番号が映し出されている。
「もしかして、ずっと登録してくれてたの?」
ドキドキと、うるさいくらいに心臓が早い。
「ああ。佳織はさっさと消したみたいだけどな」
三白眼で、唇だけ動かして皮肉な笑顔の隆史。
なつかしい。
その意地悪な笑い方は、昔のままだ!
「消してないよ!
私だって、ずっと隆史の番号登録してるままだもん!」
「いいよ、そんな嘘つかなくても」
何を根拠にそんな事を言うのだろうか?
テーブルの上に置いてあった携帯に、登録してある隆史の番号を出して見
せた。
「ほら!ちゃんと残してるじゃん。
隆史は、番号変えたみたいだから、意味ないんだけどね」
名刺に印刷されていたのは、この番号とは全然違う番号だった。
「そのまま、発信してみてよ?」
隆史は、携帯を持ってる私の手に自分の手を添えるようにしながら、親指
を発信ボタンの上に滑らせた。

♪♪♪

隆史の手元から、風の谷のナウシカの着メロが聞こえる。
「あれ?なんで……」
「名刺の裏に、こっちの番号書いて渡したのに、気づいてなかったんだな。
営業電話なんか、教えても仕方ないだろ」
うそ?だって………。
私は慌てて、さっきテーブルの上に置いた名刺の裏を見た。
なつかしい丸文字で、見覚えのある番号が並んでいる。
「もう、とっくに解約してる思ってた…………」
何度も声が聞きたい夜があった。
そのたびに携帯のメモリを見ては、諦めていた。
今さら、電話なんてできないって。
押したくても押せなかったこの番号。
解約されてても仕方ないのに、消す事すらできなかったアドレス。
「オレもそう思ってた」
隆史の目が、優しく笑ってるように見えるのは気のせいなんかじゃないよ
ね?
隆史も、解約されてるかもしれない私の番号を残していてくれた。
そうなんだよね?
「忘れた日なんてなかったよ!
ずっと、淋しかった。
毎日隆史を思い出して、淋しかった……」
「……………。」
隆史は私を見つめる目を細めながら、顔を傾けた。
プラチナムの匂いが近づいてくる。
目を閉じると、余計に嗅覚が敏感になって、昔と変わらない彼の匂いが、
私を幸せな記憶の世界へと誘う。
 深く、息もできないくらいに深いキスをしながら、隆史はギュッと力一
杯私の体を抱きしめる。
 言葉なんて、もう必要ない。
お互いをこんなに近くに感じれる日が来るなんて思わなかった。
大好き。
愛してる。
もう、離れたくない。
 背中に回されていた腕が、前に動いて、胸に触れる。
「…ココ、カラオケボックスだよ」
「………。」
隆史は動かしていた手を休めて、さっき脱いだばかりのスーツの上着を着
た。
「何焦ってるんだろうな、オレ。
とりあえず、オレの部屋に来いよ」
「うん」

会計を済ませて、隆史と手をつないでタクシーに乗った。
行き先は、隆史の部屋。
タクシーの中でも、二人の手はずっとつながれたまま。
伝わってくる隆史の暖かさが、夢じゃない事を教えてくれる。
触れた唇も暖かかった。
もう、目が覚めたら消えるわけじゃないんだよね。
本当に隆史が、いる。

隆史の部屋も、以前と変わらないアパートのままで、玄関のドアを開ける
と、何をするのももどかしいように、隆史は私を求めてくる。
靴を脱ぎながら、その腕は私を優しく愛してくれている
「ベッドまで、行こうよ………」
小さな抵抗は、すぐにあえぎ声に変えられてしまった。


一段落ついて、眠くなってしまった私を抱きかかえるようにベッドまで運
ぶと、隆史は再び体にいくつもの愛を注ぎ込んでくれる。

何度も何度も確かめるように、重なり合った。
時間が許す限り、何度も……。









いくら抱き合っても、二人の過ごした空白の2年間を埋めるには足りなく
て、私たちは裸のまま疲れ果てて眠りについていた。

「ごめん、起こしちゃった?」
枕の下に忍ばせていた腕時計を取り出してて、時間を見るともう夕方の5時。
「ん、今何時?」
まだ眠いのだろう、隆史はまどろみと戦いながら、目をしばたかせていた。
なんか、その姿がかわいくて思わず抱きしめたくなる。
「隆史はまだ寝ててもいいんじゃない?
私は今日同伴入ってるから、帰るね」
ベッドの下にある下着や服を拾いながら着ていると、隆史は完全に目覚
めたのか、上体だけを起こして、私を見た。
「送るよ」
…………。
「いいよ。引っ越しして、近所じゃなくなったから」
歩いて行ける距離に、私はもう住んでいない。
知り合いに保証人になってもらって、ワンルームを借りたから。
「どこに?」
「店の近く。
さすがに毎晩遅くに帰宅してると、おばあちゃんが心配するから一人暮
らしをするために借りたの」
「………そっか。今度行ってもいい?」
「いつでもどうぞ」
少し淋しそうな顔をしながら、隆史は小さな笑顔を無理矢理に作った。
なんだろ?
何かが、胸にささる。
 以前より大人になったせいか、綺麗さに凄味を増して、知らない表情。
こんな取り繕うような笑顔を隆史はした事がなかった。
 やっぱり、離れていた2年間はすごく大きいのかもしれない………。
でも、もう、私は隆史と離れたくない。
あんな淋しい思いを2度としたくない。

「じゃあね」
「…………ああ」

隆史の部屋を出て、タクシーに乗りながら私は幸せの余韻に浸ろうと、今
朝の事を思いだしていた。
二人とも、削除できなかったアドレス。
それだけが、私と隆史を唯一つないでくれる大切な記録なような気がする。







「いらっしゃいませ」
同伴で三崎っちと一緒に店内に入ると、ママがにこやかな笑顔で迎えて
くれた。
「ごめん、三崎さん。
ちょっと用意してくるから、待っててね」
昔から知り合いの三崎っち。
だけど、彼は今は上場企業の社長様。
IT関連での独占権をいくつか持っている凄腕の社長だ。
私にとっても、大切なお客様の一人。
「佳織、今日はラストまでいようか?」
三崎っちは二人きりの時やプライベートでの呼び方で、店では三崎さん
て呼ぶようにしているのに、彼はいつも変わらない表情で私に接してくれ
る。
誰がいても、「佳織」と親しみを込めて呼び捨てにしてる。
「どうして?」
「何か少し落ち着きがないってのか、いつもと違う感じがするから」
「そんな事ないよ。全然普通なんだけどなぁ」
「そう?」
「うん」
同じ年で、一番の出世株かしら?
元々は大きな病院の長男で、勉強さえしていれば親の病院に就職できたも
のを、わざわざ独立してまで設立した会社は、見事成功。
でも、別に彼は神様に愛されてるわけでもなんでもなくて、すごく努力型
の人間なんだよね。
いつも熱心に勉強していて、興味がある事には努力をおしまない彼だから
こそ、成功したんだと思う。

そして、私は中学の頃につき合いがあった仲間とは、ほとんど顔を合わす
事もないのに、彼だけは週1のペースで店に来てくれる。
時には、会社の接待なんかにも使ってくれるし、ホントいいヤツ。
「じゃあ、いつもみたいにサッサと帰ろう」
「え?やっぱり私変だから、ラストまでいてね」
「ははは、どっちなんだ一体?」
「………わかんない」
そう、自分で自分の気持ちがわかんない。
隆史との再会がすごくうれしいのに、なぜか凄く淋しく感じてしまうのは
なんでだろう?
「ホントは何かあったんだろ?
佳織は昔から何かあっても、笑ってごまかそうとするから……」
「そんなことないと思うよ」
「いや、ある!
三崎さんの言う通り、かなりごまかしの人生送ってるよ、佳織は」
一緒に席についていた和美は、大きく肯定した。
「誤魔化しの人生って、何よ?
すっごい、失礼だわ!!」
三崎っちも、うなずきながら笑っている。

三崎っちは約束通りラストまでいてくれて、私の気持ちをやわらげてくれ
た。
  仕事をしているって言うより、友達と飲んでるって感覚がすごく楽だ。
こんなお客さんばかり、来店してくれたら疲れなくても済むんだけどな……。

「悩みがあるならいつでも電話しておいで。誰かに打ち明けるだけでも落
ち着く時あるからさ」
帰り際に三崎っちの優しい一言をもらって、今日の仕事は終わった。

「今日アフターは?」
黒服が掃除を始めた店内で、和美はウーロン茶を飲んでくつろいでいる。
「入れてない。
基本的にアフター嫌いなのよね。やっと仕事終わった!!って所に、まだ
残業かよ?って気持ちになるでしょ」
「あら、佳織ちゃんそんな事言っちゃだめよ。
アフターだって顧客管理の一つなんだから」
ちゃっかり二人の会話を聞いていたママに注意されてしまった。
「はぁい。頑張ります!」
「あはは、そう言えば佳織ってアフター率すごい悪いのはそういう理由だ
ったんだ」
そういう和美だって、私と一緒に仕事後に遊んでるんだからアフター率は
同じようなモノじゃんか。
「そんな事より、これからどうするかだよね!とりあえずお腹空いた〜〜
〜」
夕方まで隆史の部屋で寝てたから、気が付いたら昨日のカラオケから何も
食べてないんだよね。
もう、接客中にお腹鳴ったらどうしようかとヒヤヒヤしてたんだから。
「…佳織らしいね。
隆史くんと再会して、ダイエット!
とか騒ぎ出すかと思ったけど、やっぱり佳織には緊張感ってものがない!
色気より食い気か………」
ため息をつきながら、店を出て二人で繁華街を歩き出した。
「いや、ダイエットはしたいんだけど、それどころじゃないくらいの空腹
なのよ。
もう、大変!!」
「そんなに腹減ってたなら、三崎さんに出前頼んでもらえば良かったじゃ
ない」
そうなんだけどね………。
もちろん、そのつもりでもあったんだけど。
「6時に約束したのをエレベーター同伴に変更してもらったから、頼みに
くて……」
6時から会って、一緒にご飯食べてから来店する予定を、8時に店下で待
ち合わせに変えてもらったんだよね。
美容院行ったり、化粧したりしてたらとても6時にまに合いそうもなかっ
たし。
「ふ〜ん。じゃ、いつもの店行く?」
和美が意味深にニヤリと笑う。
そう、私たち二人は最近お気に入りのご飯屋さんがあった。
すっごい小汚い店で、ゴキちゃんとかもタマに顔を出しているような場所。
だけど、家庭的な味を楽しめる総菜とかあるんだ。
肉じゃがとか煮魚とか、普通の家庭で食べるようなモンがたらふく用意さ
れてて、結構繁盛してるんだよね。
店のおかみさんなんて、まるでおっかさんって感じで、親しみ沸くしとに
かく最高なの。
「今日は、オムレツ食べたいなぁ。
お母さんの作るオムレツって最高!
レストランとかである半熟じゃないところがまたツボなんだよね」
「ああ、わかる。
高級料理はお客さんと食べ飽きてるもんね、私たちが飢えてるのは、家庭
!って感じ?」
もう、頭の中は黄色いオムレツがいっぱいグルグルと回っている。

 磨りガラスで引き戸になっているドアをガラガラと開けて入ると、中に
は煮物の匂いがプンプンしてる。
「いらっしゃい。
今日はね、赤魚の煮物がおいしくできてるよ」
体格のいいお母さんはニコニコしながら、台所から顔だけ出して出迎えて
くれた。
「ん、でも今日はオムレツ食べたいの」
「はいよ。そっちのべっぴんさんは何を食べる?」
和美は少し笑いながら
「じゃあ、赤魚の煮物で」

食べ物が届くまで、ビールを飲みながら待っていると、私の携帯が鳴った。
仕事用じゃなくてプライベートの方で、もちろん着メロは隆史専用の懐
かしい音楽。
「隆史くん?嬉しそうな顔してるし」
和美はニッコリと笑いながら、ゴクリとビールを飲み干した。
「うん」
うなずいて、片手で、空いた和美のグラスにビールを注ぎながら、電話に出
た。
「もしもし」
『仕事終わった?』
「うん。今はご飯食べに来てるの」
『そっか。せっかくキャッチに出てるから、少しでも会えたらいいなって
思ったのに』
後5分早かったら、店に入る前で会えたのに…。
残念だな。
隆史のホスト姿、凄くかっこいいのに。
「ごめんね」
『仕方ないよな。店終わったら電話するからそれまで我慢しとくよ』
「わかった。待ってるね」

電話を切っても、ニヤけてしまう。
仕事終わったら、隆史から電話が掛かってくるだなんて、幸せ〜〜〜〜〜。
とろけてしまう。

「はい、お待ちどう!」
元気よく、お母さんが両手に煮魚とオムレツを持って来てくれた。
「うわぁい!いただきます」
隆史の声が聞けるわ、ご飯は食べられるはですごく幸せだぁ。
「ご機嫌だね、佳織」
「うん!超幸せ」
このチープなオムレツの味に、隆史の声がまだ耳に残っているし。
あまりの空腹に、がっつくように食べてしまった。
「ごちそうさまでした!!」
元気よく店を出て、和美と二人でショットバーへと足を運んだ。
音響の派手なバーじゃなくて、ピアノの弾き語りなんかあるような、オッ
シャレ〜〜なバー。
「なんか、私らって大人って感じじゃない?
アダルティじゃん」
女の子はムードに酔うって言うけど、ホントにそうなんだよね。
特に私なんて単純そのものだから、ルックスから入ってしまう。
カウンターだけのバーで、マスターがシェイカーを振るスペースにだけピ
ンスポットが当たっている。
「アダルティとか言ってるうちは、全然ガキなんじゃないの」
「あはは、そうか」
和美の指摘も気にならないくらいに、今の私は幸せなのだ。
「で、今日の落ち込みの原因はやっぱり隆史くん?」
落ち込み?
「別に落ち込んでなんかないよ。幸せ満開だし」
「ソレは今だけでしょうが!
仕事の間ずっと変だったよ、三崎さんも心配してたじゃん」
ああ、そう言えばそうだ。
………。
隆史との埋められない2年間を思うと悲しかったんだ。
あの時は、どうしても別れるべきだと思った。
隆史と一緒にいると、絶対に癒されない傷と、お互いを思う気持ちのズレ
にこのままじゃ無理だと考えた。
だけど、やっぱり私は隆史を忘れられないし、傷が癒える事もなかった。
腕時計を、人前で外す日が来るとも思えなかった。
その下に隠された、消えない傷跡が生々しく悲しいことを思い出させるか
ら………。

隆史は今朝、私の時計を簡単に外した。
私の体を纏うすべての装飾品を一つ一つ外しながら、最後に腕時計も外さ
れた。
そして、傷跡に優しく指をはわせたかと思うと、切ない表情でソコにキス
をくれた。
それだけで、すべてを許されたように心が軽くなってしまって、そのまま
流れに身をまかせたのだけど………。






2004-2005©白雪姫-hime-