あんまり寝てないはずだから、多少のアルコールが入るとグッスリ眠れ
るはずなのに………。
眠れない!!
和美とバーで別れた後、マンションに戻ってシャワーを浴びてベッドに入
った。
飲酒後のシャワーが悪かったのかな?
興奮して眠れない。
ああ、4時半になれば隆史からの電話があるから、それまでに少しでも仮
眠を取りたいのに……電話が気になってしまう。
ヘッドボードに置いてある携帯をさっきから何度手にしたんだろう?
まだ、3時半。
後一時間もあるのに、心は隆史からの電話を待ってしまう。
今頃隆史は、誰か知らない女性に接客してるんだ…。
私は隆史からの電話を待って、眠れないのに……。
夜は人を暗くさせてしまうのだろうか?
考えたくないのに、隆史が他の女に語りかける姿。
微笑み合う姿が頭に浮かぶ。
もちろん、ソレが仕事だとわかっているのに、ジワジワとくすぶり出した
嫉妬は鎮火することもなく、心の底に澱として溜まってしまう。
ダメだ。
このままじゃ眠れやしない。
ベッドから起きあがって、キッチンにある冷蔵庫からビールを取り出した。
「はぁ」
また、酒に逃避してるよ、私。
この2年間、私のアルコール摂取量はかなり増えてしまった。
淋しい夜、どうしても隆史を忘れられなかった日々、お酒だけが私を落ち
着かせてくれた。
情けないと知っていても、気が付いたら手が伸びてしまう……。
どうにかしなきゃ、ホントにアルコール中毒になってしまいそう。
2本ビールを空けて、3本目のプルタブをひこうとした時に、やっと待ち
わびていた電話が鳴った。
『今終わったけど、佳織はどこにいる?』
ああ、この声が聞きたかった。
待ってる間、ずっと不安だった気持ちが隆史の声で一気にかき消されたよ
うに、幸せが心に広がっていく。
「今日はもう部屋に帰ってるの」
『そっか、じゃあ仕方ないか……。
会いたかったんだけどな』
「私も会いたい…」
『じゃあ、出てくる?』
隆史がお客さん相手に接客してるのを想像して、苦しくなってしまった恋
心を抑えて欲しい。
こんな、嫉妬したままの状態はいやだ。
早く隆史の顔を見て、隆史に触れたい。
「ハンズ横の坂を上がった所にコンビニがあるんだけど、わかる?」
『ああ』
そのコンビニからこの部屋が見えるはず。
「じゃあ、そこまで来て欲しいな」
『分かった……』
すぐにコンビニに到着した隆史から電話をもらい、私はパジャマのまま迎
えに行った。
「そんな格好で出てくるなよ」
「え?あ、ごめん」
苦笑いして、隆史は私に自分のスーツの上着をかけてくれた。
しみついてるプラチナムの匂いが、心地いい程私を包み込んでくれる。
「一人で飲んでたの?」
部屋に入ると、テーブルの上に並ぶ空き缶を見付けられてしまった。
別に隠してたわけじゃないから、当たり前なんだけど。
「なんか、隆史の電話待ってたら眠れなくて…」
「オレも早く佳織の声が聞きたかった。
仕事の合間に何度電話しようかと思ったかわかる?
でも、暇なんだ。って思われたらヤバイから我慢した」
唇だけをわずかに動かして、隆史は笑う。
隆史が暇なんて、思いもしない。
高校の頃からそうだった…。
女に囲まれてる隆史をたくさん見てきたんだもん。
ホストになったら、もっとたくさんの女性達がさらに強者になって隆史を
取り巻いてる姿なんて安易に想像がついてしまう。
だから凄く淋しくて、イライラしそうなくらい嫉妬しちゃう。
「凄い人気あるんじゃないの?
昨日だって……………」
言いかけてやめてしまった。
昨日、私が偶然店に行った時だって、隆史は時間の半分も席に着いてなか
った。
だけどソレを口にするのは、嫌われそうで怖い。
自分がホステスなんかしてるから、忙しい時は仕方ないことくらいわかっ
てしまう。
ソレが仕事なんだからと、納得しなくちゃならない。
「そう言えばオレ、昨日どうしても言いたかった事があるんだ」
「何?」
「オレら、もう一回つき合おうな」
つき合わない?でも、つき合ってくれ。でもなく、つき合おうな。
か……。
「隆史らしいね」
自分がフラれるなんて、思ってもいないんだろうな…。
「そうか?」
「うん」
「なんかさ、つき合おうって言うよりも先に手が出ちゃった。
佳織を見た時から抱きたい!って思いながらちゃんと仕事してたんだぜ。
偉いだろ?」
…………偉いのか、ソレは?
でも、うれしい。
「昨日隆史に抱かれるまで、誰とも寝てなかったんだよ…」
この告白に、隆史は一瞬驚いたように目を見開いたけど、すぐにいつも
のすました笑顔を作って、甘い声で囁いた。
「オレも抱きたいと思ったのは、佳織だけだよ」
………。
………。
………。
嘘つき。
一瞬驚いたのは、想像もしていなかったからでしょ?
つき合ってた頃でさえ、あなたは他の女に浮気をしちゃうような彼氏だっ
たくせに、あり得ないことだからでしょ?
それなのに、隆史は優しい嘘をつく。
私がよろこぶだろうと思って………。
だから、私はよろこぶフリをしちゃうの。
「腕時計を外したのは、隆史の前だけだよ」
そう、消えない傷跡を誰かに見せれる程私はまだ癒えてはいない。
今でも、夢でうなされてしまう。
産んであげられなかった赤ちゃんを…………。
隆史はソッと私の手首に触れ、今朝と同じように腕時計を外すと、優しく
傷口に触れた。
「この傷を見るたびに、佳織はオレを思い出すんだ。
オレを愛してるって、確認するためにあるんだよ」
そう言いながら、何度も舌をはわせる。
……………ああ、そうかもしれない。
隆史を愛してるって、確認するためにある傷。
触れられた場所から、熱くなっていく。
「隆史…」
その名前を呼んでも、もう悲しまないでいいんだよね。
今、感じる息づかいは、こんなにも暖かい。
狭いワンルームは、ソファにもベッドにもすぐに移動できてしまう。
私、寝ちゃったんだ……。
隣に隆史の寝息を感じながら、目が覚めるなんて、なんだか贅沢ね。
好きで好きでたまらない人の寝顔を見つめると、胸が暖かくなってしまう。
幸せすぎて、怖い。
昨日隆史に再会してから、私は幸せをいっぱいもらった。
側に居てくれるだけで、声を聞けるだけで、こんなにも満たしてしまうな
んて、私はどれだけ隆史を好きなんだろう?
窓の外はもう、太陽が明るく照らしている。
昼過ぎかな?
そろそろ、起きて準備しなきゃ今日も遅刻ギリギリになってしまう。
ベッドの下で脱ぎ散らかされてしまったパジャマを羽織ってバスルーム
へと向かった。
シャワーを浴びてる私の体に、赤い跡が着いている…。
鎖骨の下辺り…。
ヤラレタ!
キスマークだ。
これじゃあ、胸元の開いているスーツは着れない。
ファンデーションでごまかしたとしても、お客さんにはすぐにばれてしま
うだろう………。
仕方ない。
面倒だからあんまり好きじゃないんだけど、今日は着物で出勤するしかな
さそうだわ。
シャワーを終えて、部屋着に着替えてタンスから着物を取り出した…。
本格的にホステスするために、着付けは習ったものの、帯がいまいちちゃ
んと結べないんだよね。
出勤する前に、美容院で締め直してもらおうかな?
それまでは、まあ持つだろうし…。
「なんで、和服なの?」
今起きたのだろう、少し灼けた声で隆史がベッドの上から私を見ていた。
いつから、見てたんだろ?
「隆史が見えそうな所に跡なんか残すからでしょ?
こんなんじゃ、スーツ着れないよ」
着物の襟元を開いて、生々しく残る内出血を見せると隆史はベッドから降
りて来た。
「ごめん、ちょっと激しくしすぎたのかな?」
………いくら気分が乗っていても、キスマークが付くほど吸い付くっての
は、ないっしょ?
これはあきらかに確信犯だって。
「おかげで、慣れない和服になったのよ。
仕返しに今度隆史の喉に跡付けちゃうからね!」
のど元だと、いくらネクタイを締めていても見えてしまうような場所。
水商売がキスマークなんて、営業妨害もいい所。
「いいぜ、その方が色気あって人気出るかもしれないし」
不敵な笑みを見せて、隆史はテーブルに置いてあった飲みかけの紅茶を口
に運んだ。
どうしてこの男はこうも、プラス思考なんだろうか?
「今度から、キスマークは禁止ね」
「見えない所ならいいだろ?
足の付け根とか、胸の下とか…。
それとも、そんな場所まで誰かに見せちゃったりする?」
……どうしてそんな所を誰かに見せるのよ?
「どんな状況だと見えるのかしら?」
「さぁ、佳織次第だろ?」
隆史は私に言わせたいんだ。
他の男には体を見せないって、そして抱かれる事もないって。
「降参。隆史以外に見せる人なんていないもん」
だけど、隆史は違うんだろうな…。
ホストなんて、枕営業で成り立ってる部分が大きいし、体の隅々まで跡な
んかつけちゃいけないんだ。
いくら仕事だと割り切っても、やっぱりイヤだな。
隆史が私じゃない女を抱くなんて…。
でも、それすら言葉にできないのがもっとつらい。
水商売していて、ホストの知り合いとかもいるし、彼らの仕事内容を分か
っているから、言えない。
ヘルスやソープで働く女の子に、他の男の前で脱ぐななんて言う男は少な
いと思う。
仕事内容を知っていて、つき合うのってそういう意味だから…。
我慢するしかないんだろうな。
ちゃんと割り切って、考えないようした方が楽なんだろうな…。
「まだ、時間いいのか?」
紅茶を飲み干して、カップを流しに持って行く隆史の後ろ姿に私は抱きつ
いた。
「ううん、やばい」
私のそばにいてね、隆史。
「じゃあ、用意しなきゃいけないだろ」
「うん。」
わかってるけど、離れたくない。
仕事中の隆史が他の女と一緒にいても、今ココにいるのは私だけの隆史。
他の誰も知らない隆史。
独り占めできる隆史。
「あんまりくっつくと、オレやばい気持ちになっちゃうから…」
「………」
さすがにソレは困るから、離れることにした。
「そんなあっさり引き下がられると、淋しいよな」
どっちなんだよ?!
「隆史はどうする?
うちから出勤するのか、それとも一度帰る?」
「佳織が出るとき一緒に帰るよ」
「じゃあ、隆史も急いでね。
後15分したら出たいから」
着物を着るのに30分もかかってしまったから急いで美容院に行かなくち
ゃ。
「マジ?」
カッターシャツだけを羽織っていた隆史は、慌てて洗面所で顔を洗い、昨
日コンビニで買った歯ブラシで歯磨きをはじめた。
私は最後にもう一度、帯の確認をしてから、とりあえずは外出できる程
度に化粧をした。
慌ただしく部屋を出て、二人はすぐに逆の道へと進む。
「終わったら電話するから。
佳織もメールくらいしろよな!」
「うん」
メールってどっちの電話にすればいいのだろうか?
そりゃプライベートの方にしたいんだけど、それじゃあすぐに気づいてく
れないだろうし、仕事中でも暇さえあれば見れるのが営業用の電話だよね。
「毎日、毎日どうしてそう、ノロケられるのかな?」
仕事が終わって、いつものように和美と人よりかなり遅い夕食を食べに居
酒屋に入った。
「のろけてないもん!」
まだ、注文以外の言葉を発していないのに、なんで最初からクギをさされ
てしまったのかしら?
「だって、今日の着物。
どうせ隆史くん関係なんでしょ?
彼に和服姿を見せたかったとか?」
「ああ、そっか。そうだね、結果的には見せたんだけど、理由はね…コレ」
襟元を少しはだかせて、和美に鎖骨を見せた。
「………あんたの男はバカか?
ホステスに跡つけてどうするつもりだよ、ッタク」
ホント、和美の言う通りなんだよね。
基本的な事なのに、なんで隆史はこんなものを付けたんだろうか?
そこまでして、私を束縛したかったとか?
「偶然だって、言い張ってるけどね」
「あはは、どんな吸引力してるんだっつうの!
ガキじゃあるまいし、他の男に見せたくないってかわいらしい事考えるよ
うなヤツにも見えないし、ね」
そこまで言う?
人の彼氏を、そこまで普通言うか??
「こんなの付けなくても、他の男と寝たりしないんだけどな…」
「そうだろうね、今も昔も向こうが浮気したとしても、佳織は絶対にでき
ないくらいベタ惚れしてるもんね」
………。
「さっきから喧嘩売ってる?」
どうも刺々しいのよ、和美の一言一言が!
「まっさか!佳織に喧嘩だなんて怖くて売れないわよ」
「じゃあ、隆史に売ってるの?」
「それもない。
なんだろう…。佳織が幸せそうにしてるのは凄くうれしいんだけど、
何かむかつくのよ。相手が彼だと」
そう言えば昔から和美って、隆史を見るとイライラしていた。
「そんなに嫌いなの?」
「う〜ん、嫌いってより苦手なのかな。
なんか、占いとか信じないんだけど、彼の近くにいると不幸になりそうな
感じがするのよ」
いや、私はかなり占いとか信じちゃうんだから、そんな不吉な事言わない
で欲しい。
「和美より隆史の近くにいる私はどうなるのよぉ」
「だから、気に入らないんだよね。
いずれは佳織を不幸のどん底まで追い込みそうじゃん。
ま、ただの私の予感なんだけどね」
不幸のどん底って、どんなモノだ?
今まで経験した不幸より、もっと凄いのかなぁ?
どうしよう、和美の予感が的中しちゃったりしたら……。
「なんだか不安になって来たよ」
「ごめん、せっかく元サヤになって幸せ満開だったのに…」
謝るくらいなら最初から言うんじゃなぁいっ!と言いたかったけど、やめ
た。
本気で和美が言った事を後悔して落ち込んでいるのがわかったから。
和美っていつもそう。
言い過ぎた後に、すごく申し訳ない顔して落ち込んでるの。
でも、誰もその事には気づかないで、自分が言われた内容にばかり気持ち
が入ってるから、すぐに和美の毒舌に泣いてしまう。
何人の女の子がコレでママに愚痴っていたか…。
でも、ほとんど和美が言ってる方が正しいからママも何も言えないみたい
だけど。
「じゃあ、お詫びとお祝いを兼ねて和美のおごりねココ!
ウニとボタンエビのお造り追加しちゃおうっと」
「お詫びはいいけど、お祝いって何の?
まさか、私にあんたたち二人の元サヤを祝えって言ってるの?」
「もっちろん!」
誰よりも、和美に祝ってもらいたい。
どれだけ私が淋しかったのか、傷ついていたのかを知っている和美に。
「ま、いいか。今日はおごってやるよ」
和美のおごりでたらふくおいしいモノを食べてから、私たちはカラオケボ
ックスに入った。
週に3・4回は来てる私たちを店員さんもさすがに覚えていてくれて、受
付で何も言わなくてもフリータイムになっている。
「さてと、今日は何を歌う?
新曲は飽きちゃったし…」
パラパラと歌本をめくりながら、私が目に行くのは、幸せなラブソングば
かり。
ダメだ。
私の思考ってかなり素直すぎ。
今の心境にピッタリのラブソングが歌いたくなるなんて………。
しかも、気分がいい時のお酒ってコレがまた最高なんだよね!
悪酔いしなくて、ひたすらテンション高くなっちゃうのよ♪
年齢も考えずにかわいい恋愛ソングばっかり調子に乗って歌ってしまった
わ。
おかげで、今日は時間がたつのが早く、隆史からの電話で驚いてしまった。
「もう終わったんだ」
『ん、一応な。今どこにいるの?
オレ、こらからアフター入ってるからウロチョロすんなよ。見たくないだ
ろ?』
「今ボックスにいるから、大丈夫だよ。頑張ってね」
電話を切って、私はハイテンションを一転させてかなりブルーな気分。
「ビーブルー」
「え?」
「わっかりやすいお嬢だな、佳織も。
隆史くんにイヤな事でも言われた?」
「べっつにぃ」
アフター。
お店が終わってから、引き続きお客さんと会う事。
客からしたら、プライベートやおまけって感じだろうけど、ホストからす
れば仕事の一環だよね?
だから、気にすることはない。
そう、仕事なんだから。
別に好き好んで他の女と会ってるわけじゃない……。
「今日は帰る?」
「ううん、歌いまくる!!」
今、ボックスを出て隆史と知らない女が一緒に歩いてる所なんて見たくな
い。
隆史に言われるまでもなく、ウロウロしたりしたくない。
はぁぁぁぁぁ。
だけど、やっぱり辛いぞ!
私の目に止まる歌のタイトルは悲しい演歌ばかりになってしまった。
隆史のばかやろう!!
なんで、アフターなんか約束するのよっ!
仕事終わったら、さっさと帰宅しろよ…。
って、人の事言えないか、私もこうやって和美と遊んでるし、アフターだ
ってする事もある。
仕事だもんね…。
我慢しなくちゃ………。
「どうして、そんなに素直に一喜一憂できんだ?」
すっごい淋しい演歌を歌い終わった私に、和美はチラリと一睨み。
「自分でもわかんないよ。
なんか、隆史だけがすべてなんだよね。
私を幸せにするのも、不幸にするのも、笑わせるのも、傷つけるのも、隆
史だけなんだよね。隆史がいないと私は『それなり』の感情しか持てない
みたい」
それなりに楽しいとか、それなりに悲しいじゃ、物足りない。
だけど、隆史じゃないと人生自体がそれなりになってしまう。
どうして?って聞かれても、そんな事わかんないよ…。
「そこまで思える恋愛って、うらやましいよ」
「なんかね、人間の細胞って三日で生まれ変わるんだって……。
隆史と再会して丁度三日目でしょ?
だから、私の中の細胞の全部が隆史を好きって言ってるの。そして、今あ
る細胞が分裂して核になるたびに、好きって思いがより強烈に成長してく
の…」
どんどん隆史を好きになっていく。
もう、止まらないの。
2年も、凍らせていた気持ちが、隻を切ったようにあふれ出して、自分で
も止められない。
体中に流れる血も、髪の毛を作る細胞の一つ一つまでもが、隆史を好き。
私はこの思いで成り立っているんだ。
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