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ラストボーイ
ラストボーイ

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1 プロローグ 2ベッド 3 家族 4 不妊 5 天使か悪魔 6 シングルマザー
7 ホスト 8 依存的幸せ 9新婚ブルー 10 蜜月 11 12 エピローグ

●●●
5 天使か悪魔
 帰宅した隆史に、泣きはらした顔を見られないように、私は寝たフリを
した。
壁側を向いて、布団を頭までかぶって……。
でも、隆史はお休みのキスをくれたから、気づいたかもしれない……。


 翌日不安な気持ちで顔を冷やした。
隆史が起きるまでに、目の腫れをなんとかしたかった。
「……昨日、何かあった?」
隆史を起こさないように、静かに行動してたのに、ばっちり起きてる隆史
は洗面所でまぶたを冷やしてる私に心配の視線を投げかけてくる。
「…和美が来てたんだよ。
それで、色々と思い出話してたら、なんだか泣いちゃって」
どうしてこんな、スラスラと嘘が出てくるんだろうか?
「ホントに?」
「うん、やっと結婚できたんだなぁって思うとうれしくて涙が止まらなか
ったんだ」
ニコリと笑顔を作りながら、嘘をつく。

ああ、そうか。
ずっと私、こうやって仕事してたんだ。
不安とか、悲しみとか、全部隠して働いてた。
少しでもお客にそんなプライベートな感情が漏れたら、適当にその場をや
り過ごしていたから、今でもこんな簡単に嘘をついてしまうんだ。
  でも、ソレって私だけじゃないはず……。
また、イヤなことに気が付いてしまった。

私なんかよりも、たくさんの接客をしてきた隆史は、もっと自然に嘘がつ
ける。

 別に、悪意ある嘘じゃない。
でも、私たちの日常に、偽られた会話はたくさんあるのかもしれない。

 そんなの、夫婦じゃないね。
ちゃんと言わなきゃいけない、ね。
でも、もう少しだけ待って欲しい。
まだ、勇気が出ない。
隆史に、伝える勇気がないから、もう少しだけ待っていて…。
 そんな願いを込めて、ゆっくりと隆史の瞳を見た。
「……何かあったら、ちゃんと言えよ」
小さなため息と一緒に、隆史は頭を軽くポンポンと叩きながら、歯磨きを
始めた。
「うん、ちゃんと言うよ」
ごめんね、弱虫で。
 それでも隆史が笑いかけてくれるから、私、頑張るよ。

ちゃんと、病院に行こう。
 検査してもらって、治療しよう。
時間かかるかもしれないけど、子供が産めるなら、頑張る。


 と思ったものの、実際に婦人科の病院に入ると、心が竦んでしまった。
有名な女医さんがいる産婦人科。旦那様は小児科をしてるので、たくさん
の子供の声も聞こえてくる中、私は不安だった。
  どんな検査をするのだろうか?
あの、足を開く診察台に乗って、触診されるんだろうか?
恐い、恐い。
 以前に来た時は、隆史の赤ちゃんを産むつもりだった。
それに、待合いの所でずっと隆史がいてくれたから、安心もできた。
  初診の受付を済ませて待合いにいながら、ずっと不安ばかりが募ってき
た。
やっぱり一人で来るんじゃなかった。
どんな結果になっても、隆史と一緒がいい。
私の隣には隆史がいないとイヤだ。
 帰ろう!
ちゃんと隆史に言ってから、診察してもらおう。

そう思って、立ち上がり、入り口に向かった時、うつむいていたから、何
かにぶつかってしまった。
「あ、すみません」
顔をあげて、謝ると、ぶつかったのは大きなベビーカーだった。
まだ、産まれて間もないのだろう、車の中で寝かされている赤ちゃんは気
持ちよさそうにスヤスヤと寝息をたている。
「かわいい〜〜」
やっぱり、隆史との子供が欲しい。
そう思った。
「ありがとう、あなたももうすぐ?」
ベビーカーを押していた母親だろう女性は、なんだか見覚えのある顔で、
ニコリと微笑んだ。
 どこかで会ったような気がするけど……。
「いえ、私はまだんなです。
何ヶ月なんですか?」
産婦人科に来ているから、妊婦と思ったのだろう。
「今日三ヶ月検診で来たんですよ」
幸せそうな笑顔の母親。
 いいなぁ。
私も早く、こんな風に笑ってみたい。
 そう思ってた所に、大きな声で名前を呼ばれてしまった。
「笹岡さぁぁぁぁん」
「あっ」
叫んでる看護士に、目を合わせると、隣にいた母親は、驚いた表情で私を
見た。
「あなた、笹岡さんっておっしゃるの?」
「え、はい」
そう返事をしたとき、看護士が近くまで来て、少し怒った表情で問診票を
渡してくれた。
「何度も番号をお呼びしたんですよ。
ちゃんと聞いててもらわないと困ります!」
「あ、すみません。
今日はちょと用事があるので、帰ろうかと思って……」
「そういうときは一言声をかけて下さいね」
再び問診票を私の手から取り上げて、看護士は待合い室に戻っていった。

「……、もしかして、旦那様の名前隆史って言う?」
看護士の背中を見送っていた私は、彼女の一言で、思い出した。

 そうだ!
彼女、EDENに来てた人だ!
毎週のように通っていると、ホストの顔だけじゃなく、常連客の顔もなん
となく覚えてしまう。
しかも私は隆史を指名してる客が気になって仕方がなかったから、覚えて
しまってた。
 隆史の客。
確かこの進学塾を開いてるとかって聞いた気がする。
この人に、結婚してるなんてバレたら、いけない。
「え?」
どうしよう、咄嗟に聞こえないフリをしてしまった。
「いきなりごめんね。
私の勘違い。
そうだよねぇ。別に珍しい名字でもないし、第一隆史が結婚なんてしてる
わけないものね」
………。
………。
………。
「隆史って、笹岡隆史、、だよね?
有名なホストの人ですよね?」
彼女は私のボケに見事に笑顔で答えてくれた。
「そうなのよ」
と、聞いて安心した私は、さらに続く彼女の言葉に、気を失いそうになっ
てしまった。
「この子の父親なの」
彼女が押している乳母車に寝ている小さな赤ちゃん。


 が、隆史の子供?
えっと、隆史の子供………。

スヤスヤと気持ち良さそうに寝息をたている天使のような赤ちゃん。

「………」
私は赤ちゃんと母親を交互に見てしまった。
「うふふ、内緒ね。
彼ホストしてるから、子供がいるなんてバレたら困るでしょ」
幸せそうに、照れながらそういう女を私はどんな顔で見ているのだろうか
?
 頭が上手く回転しない。
状況が上手く飲み込めない。


 隆史の客だと思ってたこの人の赤ちゃんは、実は隆史の子供だった。


 あ、そう。
へぇ、そう。
隆史の、赤ちゃんですか……。


私が産みたいと望んで、だけど妊娠することすら叶わない隆史の赤ちゃん。
 存在してたんだ。
隆史の子供。
隆史の遺伝子。
隆史の………。


や、だ。
嘘でしょ?
ねぇ、誰か嘘だと言ってよ!!

なんで?
隆史の子供を産んでいいのは私だけだ!
隆史の遺伝子をこの世に残していいのは、妻である私だけのはずじゃない
!!!

なのに、どういうことよっっっっ!

 悲しいはずなのに、あまりのショックで涙すら出ない。
涙腺もビックリしてるのかな?

 ただ、ただ目の前にいる赤ちゃんを見つめている私。

「あら、石川さん。
検診、今日だったの?」
帰り際の患者さんが、知り合いだったのか母親に挨拶をしながら、立ち話
が始まっている。

ココにいても仕方がない。

とりあえず帰らないと………。

病院を出てからも、私の頭の中から母親と赤ちゃんの姿は消えなかった。
あの短時間で、完全に脳裏に焼きついてしまっている。

 どうして、神様はこんな意地悪をするのだろうか?
 私が望んで、手に入れたいと思ってる幸せを、他の女に与えた。

いやだ。
もう、ホントにイヤ。
何もかもが、イヤだ!!!

家に帰りたくない。
だって、あの部屋は隆史と私の家。
帰れば、隆史がいる。
隆史に会いたくない。
隆史の顔を見たくない。

まだ、自分の心が整理できていないのに、会いたくないよっっっっ。

三ヶ月検診だと聞いた。
十月十日妊娠期間があったとして、プラス三ヶ月。
どう計算したって、隆史と私がヨリを戻してから仕込まれた子供になって
しまう。。。
 平気だと思っていた。
いまさら、隆史が誰と寝ても、そこに気持ちが入ってなければいい。
仕事なんだから、割り切ろう。
私以外の女を抱くときは、全部仕事なんだと思ってた………。

だけどひどいよ。
仕事で子供作っちゃうの?
仕事で、子供が生まれたの?

 隆史は知ってるの?
赤ちゃんの存在を………。
知っていて、私と結婚したのかな?
 そんなのイヤだ。
許せない。
私が産みたかったよ。
私が隆史の子供を育てたかったよ!
私が隆史を父親にしたかった!
私が隆史に家族を作りたかった!!!
私が!!!!!!!!

全部私がしたかった………。

  今頃になって、やっと涙が溢れてきた。

帰りたくないけど、帰るしかない。
私の家は、隆史が帰る家しかない。
実家なんてないんだ。
母親は再々婚をして、その相手の援助でおばあちゃんを老人ホームに預け
た。
どこにも行く場所なんてないんだ。
隆史から逃げることなんてできない。
結局、私には隆史しかいない。
彼に、隠し子がいたとしても、私は隆史しかいないんだ………。

家までの帰り道、私の涙は止まらなかった。
目を閉じると赤ちゃんの顔が浮かんでくる。 長いまつげが影を落とした、
ふっくらとしたピンク色の頬。
 小さな小さな丸い手。
薄い唇。
何も知らない天使のような赤ちゃんなのに、私には悪魔にしか思えない。
 すごく憎い。
憎くて、憎くて………そして、うらやましい。
だって、体の半分に隆史がいるんだもん。
切っても切れない隆史との絆がその命なんだもん。
 誰よりも隆史と深く繋がってるその存在がうらやましい。
私と隆史は所詮、いつ切れるかわからない関係。
だけど、子供は違う。
無条件で愛されて、何があっても切れることのない関係。

 ああ、頭がおかしくなってしまいそう。
赤ちゃんにまで嫉妬してしまう私。
ホントにおかしい。
どうかしてる。
うん、きっとどうかしてしまったんだ。
隆史を好きすぎて、なんだか頭がおかしいんだよ。
もう、ホントに隆史しかいらない!
だから、隆史も私しかいらないよね。
子供なんて、いらないよね。
  私がいれば、それでいいよね。

もう、自分でそう言い聞かすしかできないよ。
情けなくて、悲しくて、苦しい。
こんな思いをしても、それでもまだ隆史が大好きな自分が憎い。
もう、2度と隆史と離れたくないって思ってしまう。
例え子供がいても、それでもいい。
私から隆史を奪わないで下さい。

結局家に戻ってから、何をする気にもなれなくて、空がまだ明るい間から
私はアルコールに手を出した。
冷蔵庫の中に入ってるビールを全部飲み干したのに、まだ酔えない。
お酒が足りないのかな………。
 焼酎のボトルを開けて、水割りを飲む。
体が麻痺してきて、アルコールの味すらわからない。
何を飲んでも水みたいだ。
 こんなにアルコールが体内を回ってるのに、それなのに目を閉じると赤
ちゃんの姿が浮かび上がってしまうのはどうして?

 まだ、お酒が足りないのかな………。

ずっとずっと飲み続けた。
もう、時間もわからない。
空は真っ暗になっている。
テレビも音楽もない部屋。
静かに時間だけが過ぎていくのに、私の思考は進まない。
どうしても、赤ちゃんの姿が忘れられない。

もう、いやだよ。
苦しいよ。
助けて!!!!


どれくらいの時間が過ぎたのだろうか?

ガチャリと錠の落ちる音が、静かな部屋に響いて、隆史が帰ってきた。
「今日も起きててくれたんだ。
って、飲んでたのか?」
見ればわかるじゃん。
「隆史、しよ」
忘れたいの。
忘れさせて。
「え?」
「早く!!」
私はふらつく足で隆史に抱きついた。
ベッドまで行く必用なんてない。
 今すぐ、隆史が欲しい。
子供が欲しい。
他の女が産んだ子供じゃなくて、私と隆史の子供が欲しいんだ!
スーツを脱がせながら、私は隆史を誘惑した。
「佳織、すごい酒くさい」
「うるさい」
どうせ、あの女ともアフターでやったんでしょ?
だったら、別に酒くさくても平気のはずじゃん。
 隆史の口を塞ぐように、強引に舌をからめながら、ドンドンと服を脱が
せていく。
前擬なんていらない。
愛撫なんていらない。
だから、子供が欲しい。
 私が隆史の子供を産むんだ!

「佳織、ちょっと待てって」
隆史は私の行動を止めるように、肩を掴んで、ジッと顔を見ている。
「何?」
文句があるの?
「何じゃないだろ。
どうしたんだよ、今日の佳織変だよ」
そりゃ変にもなるさ!
隆史の子供とご対面したんだよ。
でも、言えない。
だって、隆史が教えてくれないから。
もしかしたら、隆史も知らないかもしれない。
だったら、なおさら言えない。
自分の子供がいると知れば、会いたくなるだろう。
そんなの許せない。
例え子供であっても、私以外の人間に会いたいって気持ちを抱くなんて許
さない。
「変じゃない。
子供作ろうよ」
隆史の制止を振り払って、鍛えられた胸元を舌でなぞりながら、背中にゆ
っくりと手を滑らせた。
 ねぇ、感じて。
私を感じて。
私だけを感じていて。
 お願い。
私以外、何もいらないって言ってよ。

「やめろって!」
隆史は再び私の肩をつかんで、動きを止める。
「……どうして?」
なんでわかってくれないんだろう?
ただ、隆史を好きなだけなのに。
「オレが欲しいんじゃなくて、オレの子供が欲しいだけなんだろ?
 そんなのイヤだ!
そんな気持ちの佳織は欲しくないっっっ」
隆史は声を荒げてそう叫ぶと、立ち上がり、衣服の乱れを直してバスルー
ムへと向かった。
 服を脱いでるのだろうか?
衣擦れの音がして、すぐにシャワーを浴びる水音が聞こえてくる。

  隆史は、他の女には子供を産ませたくせに、私にはくれないの?
いやなの。
隆史の子供を他の女が抱きしめて、愛を注いでるなんて、許せない。
そして、その子供の存在すら、許せない。
無条件で隆史に愛される存在。
 憎い。
何も知らずに、隆史に愛されることがどれだけ幸せかも知らずに育つだろ
うあの子供。
 私が望んでも手に入れられない確かな絆。


涙だけが止まらない。
泣きたいわけじゃなにのい、次から次へと溢れてきてしまう。

 隆史、ただ隆史が好きなだけなんだよ。
ねぇ、どうして、こんなに苦しいの?
どうしてこんなに苦しませるの?
隆史、お願いだから私だけを見ていて。
子供の元へ行ったりしない、よね?

押し寄せる不安だけが、私の心を独占している。





2004-2008©白雪姫-hime-


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