隆史と同じベッドで寝る気にもなれなくて、リビングで夜を過ごした。
何度か隆史が心配で部屋を覗きに来たけど、寝たふりをして、背中を向け
てしまう。
「佳織、ベッドへ行こう。
風邪ひくから………」
優しく声をかけてもらっても、返事をする気になれなかった。
逃げ場のない私。
もう、ホントに隆史しかいない。
結婚したと噂も回っているから今さら、水商売にも戻れない。
他の仕事しようものにも、職歴が書けない。
ねぇ。
私、幸せなんだよ。
隆史と結婚できて、隆史の戸籍に私が入っている。
それが、凄く幸せなんだよ。
もし、もしもこの先離婚したとしても、一生隆史の戸籍にはバツが残る。
私が隆史の一生に刻みつけることができる唯一の証が婚姻届だった。
なのに、どうして今こんなにも不安になってしまうんだろうか?
いつまでも背中を向ける私に諦めたのか、隆史は寝室に戻り、布団を持
って戻ってきた。
「オレもココで寝る」
強引に隣に入って寝ころぶ隆史。
「………ダメ。
隆史が風邪ひいちゃう」
やっと、私は隆史を見た。
「じゃあ、一緒に向こう行こ」
「………」
優しくしないで欲しい。
これ以上、隆史を望みたくない。
ホントに私は隆史がいないと生きていけなくってしまう。
隆史がいないと息すらできなくなってしまから…、優しくしないで。
「佳織、何があった?」
私の体を抱きしめながら、隆史はゆっくりと背中を撫でている。
すっぽりと包まれてしまった体から、力がぬけていくのがわかった。
「……、何もない…」
言いたくないんだ。
なんとなく、隆史は赤ちゃんの事を知らない気がする。
知ってる素振りがまったくないんだもん。
だから言いたくない。
子供の存在を知れば、会いたくなっちゃう。
愛しいと思ってしまう。
イヤ。
そんなのイヤ!
他の女が産んだ子供に、愛情なんて向けて欲しくない。
「はぁぁぁぁ」
隆史は大きくため息をつくと、体ごと私を自分の方に向けさせて、そのき
つくつり上がった瞳に私を写した。
怒ってるのがわかる。
「いい加減にしろよっっ。
オレ、明日も仕事なんだぞ。
早く寝なきゃいけないのに、佳織がそんなんだと眠れない」
仕事。
仕事、仕事、仕事!!!!
その仕事がそんなに大事?
他の女に話しかけて、愛想振りまいて、そのあげくに子供まで作るのがそ
んなに大事なの?!
言いたい。
わめき散らしたい。
だけど、知られたくない。
子供の存在を知られたくないんだ!
私にとって、あの赤ちゃんの存在は恐怖以外の何者でもない。
「寝ればいいじゃん。
放っておいてよっっっ!
隆史には関係ない」
お願い、関係ないままでいて。
存在を知らないままでいて。
「関係ないわけないだろっっ。
オレら夫婦なんだろ?
何か悩みがあるなら、二人で解決するのが普通なんじゃないか?」
何が普通なんだろう。
旦那が、明け方まで帰って来ない事が普通なのかな。
それとも、他に子供がいることが普通なのかな。
「隆史の普通って何よ?
さっぱりわからない。
明日仕事なんでしょ?
そんなに仕事が大切なら、さっさと寝ればいいでしょっっ」
「勝手にしろ」
それだけ言うと、隆史はクルリと寝返って背中を向けてしまった。
喧嘩がしたいわけじゃない。
隆史と幸せになりたいだけ。
だけど、どうしても不安になってしまう。
少し幸せになれたと思うと、いつも大きな不幸がやってくる。
どうして、こんなに幸せになるのが難しいのだろうか?
目の前に広がる隆史の背中を見つめながら、私は声を殺して泣いた。
静かに、涙がこぼれ落ちていく。
ねぇ、誰か教えて下さい。
結婚って何ですか?
どんな意味があるんですか?
私には、わからない。
手を伸ばせば隆史がいる。
だけど、隆史の心をずっと私が独占することはできない。
どうすれば、信じられるの?
目に見えない未来を、
明日さえもわからない私がどうして信じられるといのうよ。
隆史、お願い。
私を見て。
優しく抱きしめて欲しい。
喧嘩したかったわけじゃないんだよ。
ただ、ずっと私だけを見てくれるって自信が欲しかっただけなの……。
もう眠ってしまっただろう隆史の背中に手を押し当てて、私は祈りを込め
た。
隆史が私から離れませんように……。
なんだか体が宙に浮いてるような、フワフワとした優しい感覚で目が覚
めた。
「隆史…?」
目の前には隆史の顔。
夢見てるのかな、なんだかすごく淋しそうな顔をして、私を見つめてる。
「まだ起きなくていいよ」
ああ、そうか。
あのままリビングで寝てしまった私を、寝室へ運んでくれてるんだ。
なんだか頭が痛い。
飲み過ぎたかな…。
壊れ物を扱うように、優しく丁寧にベッドに寝かせてくれて、布団をか
けてくれる隆史。
私はその居心地のいいベッドでそのまま再び眠りについた。
ウトウトと気持ちいいまでまどろみの中を漂っていた私は、激しいチャ
イムの音で目が覚めた。
ドアホンをあげて、モニターを見ると、すごくイライラした表情の和美の
アップ。
うわ、すごい機嫌悪そう。
「あのねぇ、夫婦喧嘩のたびに私を呼び出さないでくれる!!
しかも佳織の旦那って、自己中だ!
自分が仕事だからって、佳織を私に押しつけるなんて!
私にだって仕事があるんだからね」
鍵を解除して、部屋に入るなり和美の怒鳴り声。
「ご、ごめん。
別に喧嘩したわけじゃないんだけど」
「どうせ、まだ言ってないんでしょ?」
呆れたように、早口な和美。
違うんだよ。
言うつもりだった!
でも、私の不妊よりももっと凄いことがあったんだもん。
言えなくなってしまった。
昨日の石川さんとの出会いを説明すると、和美は黙り込んで大きなため息
をついた。
「最低だね、はっきり言って」
いや、はっきり言わなくてもいいんだけど。
最低って、もっとも低いって書くんだよね?
うん、確かに最低だ。
「認知とか、迫ってくると思う?」
子供を認知するかしないか、私の意志は無関係だ。
隆史が認知してしまったら、いくら私が泣こうがわめこうが、彼の子供と
して登録される。
そう、私が唯一彼の一生に記録を残すことができた、戸籍に、子供の名
前が入る。
なんか、くやしいよ。
この世に産まれた時から、当たり前のように隆史に近い存在。
隆史に愛されて当たり前の存在。
「…いや、それはわかんないけど。
ホントに隆史の子供なのかな?」
和美は眉根をきつく寄せて、考え込んでいる。
「当たり前じゃん。
男なら誰の子かわかんなくても、女だよ。
絶対に父親を間違えたりしないでしょ」
そりゃ、同時期に複数の男と寝たとかならともかく。
「……ねぇ、佳織ってマジで不妊症なのかな?」
いや、だから今はその話しはいいんだって!
「私がどうのって、関係ないから」
「関係あるよ!
もし佳織に子供が出来ない場合、その子が隆史の財産を相続することにな
るんだよ。
その子だけが、笹岡の名前を受け継ぐことになるんだ。
ちゃんと考えよう」
相続って、別にお金持ちなわけでもないし、それに隆史が死ぬとか考えた
くもない。
「先の話しなんてどうでもいいの!
隆史に言うべきかな………」
だけど、教えたくない。
私、バカみたいに嫉妬してるよ。
「石川だっけ?
確か石川ゼミの次女・姫花だよね?
EDENに良く来てたのって」
「うん。次女かどうか知らないけど」
「いや、あそこの長女は大人しくお嬢様してるのに比べて、次女はかなり
派手に遊んでるって噂だからね。
姫花ならゼミにいるはずだし、今から確認しに行こう」
「なんでゼミにいるって知ってるの?」
「………姫花は中学生のころ、自分の親が経営するゼミに意見したんだよ
『ぶっさいくな男の講師ばかりだから勉強する気になれない』
ってね。
そこで、父親は現役中学生の意見に耳を傾けて、講師をイケメンに変えた。
たったそれだけのことで、伸び悩んでいたゼミの生徒数が激増!
当時すごい話題になってたらしくて、今でもたまに聞くよ」
いや、聞いたことがないし。
「イケメン講師になら私も勉強教えてもらいたいよ」
「……佳織、今の状況ちゃんとわかってる?
ゼミの経営なんてどうでもよくて、隆史の子供なら、引き取るべきだよ」
和美の言葉に、動きが止まってしまった。
赤ちゃんを引き取る?
そんな事できない!
「無理だよ、だって、何の罪もない子供にまで嫉妬してるんだもん」
わかってる。
子供に悪気がないってこと。
あの子は何も知らない。
ただ、隆史の子供として産まれただけ。
だけど、それが許せない。
隆史の家族だと言うだけで、無条件に隆史に関われる存在。
そして、その体の中に最初から隆史の血が混ざってる。
「気持ちはわかるよ。
でも、まだ赤ちゃんでしょ?
段々かわいく思えるに決まってる。
だって、半分は隆史の遺伝子なんだよ。
そんな人間を佳織が愛さないわけないじゃん。
隆史の子供を愛さずにいられると思ってるの?
それこそ無理だよ。
佳織は隆史が関わるすべてが愛しいんだ。
隆史が行った店。
隆史が好きな食べ物。
隆史がよくきく音楽。
そんな全部も好きになってしまうくらいに隆史を愛してる。
だったら、子供だって愛せるに決まってる」
隆史の子供。
半分隆史。
それを他の女が育てている?
いやだ!
そんなの許さない!
隆史の子供を育てるのは私だけなんだ。
ああ、どうしよう。
どうして私はこんなにも嫉妬深いんだろうか?
子供には、その存在自体を嫉妬してしまう。
だけど、その子供を育てる姫花には、もっと激しく嫉妬しそうだ。
許せない。
隆史の何もかも、他の女が所有するのが許せない。
今があればいいなんて嘘。
思い出すらも、あげたくない。
過去のどんな時間も、私の物だといいのに………。
隆史を好きになりすぎて、頭おかしくなったのかな?
だけど、イヤなんだ。
誰にも、隆史の子供を愛させない!
育てさせたくない!
「隆史の子供を育ててるなんて、許せないよ…」
半分は隆史の遺伝子。
そんな子供に笑顔を向けられてるかと思うと、体全体に針を刺されたよう
に、苦しくなってしまう。
イヤ!
イヤ!
イヤっっっっっっっ!
ああ、ホントに頭がおかしくなりそうだ。
何がどこで間違ってしまったのだろうか?
隆史がホストとして働いてる時から、簡単に予測できた事態。
隠し子なんて、他にもたくさんいるだろう。
だけど、イヤだ。
そんなことわかっていながら結婚した。
それでも、離れていたくないと思った。
だけど、やっぱり辛い。
心が入っていたわけじゃない。
仕事として、そういう関係になったんだと思う。
そう割り切っていても、実際に子供は存在する。
「……、とりあえず確かめるよ」
石川姫花の子供が、ホントに隆史の子供か。
それが、一番だ。
もし、もしも違うなら、これ以上悩まずにすむ。
でも、ホントに正真正銘隆史の子供だったなら、私はどうすればいいのだ
ろうか?
和美を待たせて、化粧をした。
いつもより、何倍も気合いが入ってしまう。
隆史と関係があった女に会う。
そう思うと、ファンデーションが厚くなる。
服も、髪も、ホステスしてたときよりも、隆史とのデートよりも念入りに
なってしまうのは、やっぱり女の性なんだろうか。
だけど、気持ちは憂鬱で、上手く手が動かない。
グロスを塗る指が震えてしまう。
会いたくない。
確かめたくない。
そんな本音がグルグルと頭の中を行ったり来たり。
準備を整えて、石川ゼミに向かう一歩は、きっと今まで歩いてきた中で一
番、重たいだろう。
判決を言い渡される、犯罪者もこんな気持ちなんだろうか?
ゼミの前に着くと、そのビルの高さに威圧された。
13階建て。
この中に、石川姫花がいる。
隆史の子供を産んだ女。
ドキドキと心臓がうるさい。
ギュッと目を閉じて、深呼吸してから受け付けで、姫花を呼び出してもらった。
「あら、笹岡さんって、あなただったのね。
てっきり隆史だと思ってた」
くっきりと意思表示してるつり上がった眉を強調させるように、オンザ眉
毛な前髪。
産婦人科で会ったときと違って、働く女って感じがする。
真っ赤な口紅も、いやらしさを出していない。
何もかもが、できる女を演出してるようで、思わず怖じ気づきそうになっ
てしまう。
「…すみませんが、お時間もらえませんか?
お子様の事で話しがあるんです。
とても大切な話しなので…」
萎縮してしまって、黙る私の隣で和美は平静なままだった。
「…そう。
じゃあ、今空いてる教室でもいいかしら?
この後、授業しなきゃいけないから、30分くらいしか時間ないんだけど」
「単刀直入に聞くけど、あなた、隆史の奥様なのかしら?」
教室に入るなり、姫花はさっきまでのできる女から、ただの女の顔つきに
変わった。
「はい」
「そう。
どこのお嬢様か知らないけど、隆史はいい男よ。
あなた一人じゃ手に負えないでしょうね」
ダメだ。
完全にペースを握られてる。
トゲトゲしい物言いに、気圧されてしまった。
「…佳織はお嬢様じゃないですよ。
それに、隆史は今経営に回ってるから、営業もしていないので、充分一人
で満足できるはず」
イライラするくらい、何も言えない私。
和美が着いて来てくれて良かった。
「あら、もったいない。
あんなに色々と教えてあげたのに、営業しないんじゃ意味がないよね」
姫花はペロリと上唇を舐めた。
その表情で、彼女が隆史に何を教えていたのかがわかる。
「失礼ですが、彼は学生時代から女の扱いに長けてましたよ。
あなたが教えるずっと前からね」
和美の言葉も、もう負け犬の遠吠えになってしまった。
彼女の言葉、表情、その全部が、教えてくれる。
隆史を一流ホストに育てたのは自分だという誇り。
それが、ありありと伝わってくる。
「そうだろうね。でも、ベッドの方は、初めて会った時より、数段上達し
たわよ」
姫花の言ってることは多分ホントだろう。
学生時代は、ただ優しく丁寧に愛された。
もちろん、それだけでうれしかったし、満足だったんだけど、ホストとし
て再会してからの彼には凄味を増したテクニックが備わっていた。
もちろん、それだけの経験をしたんだとわかってた。
仕事だし、仕方ないって。
でも、やっぱり目の前にその相手がいるのはきつい。
姫花だけじゃない。
彼女が特別隆史と親しかったわけじゃないだろう。
でも、私が知ってるのは彼女だけ。
だから、すべての嫉妬が彼女へと向けられてしまう。
どんな風に、隆史と寝たの?
どんな言葉で、愛されたの?
ああ、淫らな妄想が頭に描かれてしまう。
きちりと揃えられた爪で、隆史を愛したの?
「…隆史を育ててくれて、ありがとう。
おかげで、今素敵な時間を過ごしてるんですよ」
ああ、ダメだ。
強がり。
でも、負けたくない!
他の女に、負けたくないっっっ。
「へぇ、ソレは良かったわ。
で、大事なお話って何かしら?」
姫花は、コロリと話題を変えた。
きっと、私の言葉にむかついてるんだと思う。
でも、私が受けたダメージも相当なモノで、立ち直るまでにはかなりの時
間がかかりそうだ。
「…子供、ホントに隆史の子供なら、引き取らせてくれませんか?」
色々と、作戦をたてた。
だけど、どれもこれももう覚えていない。
シュミレーションしたはずが、全然思い出せない。
「はぁ?」
今までの姫花と違って、ホントに驚いたのか、口をポカンと開けて、目を
見開いている。
「何を言い出すの?
冗談でしょ。
別に認知して欲しいわけでもないし、私が育てるわよ。
何を考えてるの?
子供は母親が育てるのが普通なんだからね」
隆史の話題と違って、子供の話になると、とたんにまくし立てる姫花に、
私はまた気後れしてしまった。
「………」
母親が子供を育てる。
それが普通なの?
普通が何かなんて、とっくにわからなくなってる。
隆史を好きになってから、私の中の普通がどんどん崩壊して行った。
今さら、どんな非常識なことだって平気よ。
「あなたと史音(しおん)は無関係よ。
引き渡すなんて絶対にあり得ないから、話がそれだけなら、帰ってくれな
い?」
立ち上がって、教室を出ようとしている姫花の背中を見つめながら、何を
言えばいいのか、考えを巡らせた。
史音って名前なんだ?
隆史から、1文字とった名前。
ああ、イライラする。
なんで私じゃないんだろうか?
私が一番に隆史の子供を産むはずなんだ。
いいえ、一番も2番も、私以外に隆史の子供を産んだ女が存在するなんて、
許せないっっっ。
何を言ってやろうか?
たくさん、文句ばかりが巡る頭の中。
あなたなんか大嫌い。
結局隆史は私を選んだのよ。
ただの客だったくせに。
なのにどれも言葉にならない。
何を言っても、負けたのは私。
女として、子供を産むこともできなくて、家族を作ってあげられない私の
負け。
「ホントは隆史の子供じゃないでしょ。
だから、認知が無理なんじゃないの?」
唇を噛みしめて、ただ姫花を見送る私の隣で、冷静な和美の声が聞こえる。
また、和美は何を言い出すんだろうか。
頭のどこかでそんな風に思いながらも、姫花の表情が少し青くなるのがわ
かった。
え?
もしかして、隆史の子供じゃない?
「失礼ねっっっ。
第一、あなた誰?
彼女は、隆史の奥様だから、まぁいいけど、あなたはホントに無関係でし
ょっっ!」
顔色が変わったのは、怒りのせいだったらしく、ドアの所から大きな声で
叫ぶ姫花。
ああ、やっと落ち着いて来た。
和美の言葉に感情を大きく揺らせる姫花のおかげで、私は冷静になれた。
「史音ちゃんが大事なら、認知はするべきですよ。
父親のいない子供の気持ち知ってます?」
私の言葉に、姫花はありきたりな応えくれた。
「大丈夫よ、私が立派に育てるから」
そう、想像だけじゃ何とでも言える。
世の中のシングルマザーで、片親でも愛情をかけ育ててみせると言い切る
人の中、一体何人が、片親で育つ経験をしたというのだろうか?
自分は両親がきちんといて、そんな子供の気持ちなんてわかりやしない。
些細な言葉でも、子供だからこそ敏感に察知してしまう。
小さな頃から、大人の顔色を伺うようになるんだ。
それがいいのか、悪いのか、わかんない。
でも、そんな気持ちを味わったことがないくせに、偉そうに言い切られた
くなんてないっっっ!
大切な隆史の子供を、そんな簡単な気持ちで育ててもらいたくないっっ!
「何が立派なんですか?
例えば、未婚で子供を産んじゃったあなたのように育つこと?
仕事で家に母親がいない家庭で育てること?
あなたのいう立派って何ですか?
隆史の子供なら、私が育てます!」
私の父親はいない。
ソレを不幸だとは思わなかったけど、淋しくなかったわけじゃない。
ただいまと帰っても、返事のない家に帰るのが、小学生にとって、どれ
だけ淋しいことなのか知らないでしょ?
そんな思いを、隆史の子供にさせたくないっっ!
「失礼ね。
今だってちゃんと託児所に預けてあるし、大丈夫よ。
まだ赤ちゃんだから、私がいなくてもわからないに決まってる」
ああ、ダメ。
また、頭に血が上って来ちゃった。
もう、止まらない。
「失礼なのは、あなたでしょ?
赤ちゃんにだって、心はあるんだ!
胎教だってそうじゃん、胎児のうちから話しかけるようにしようって言わ
れてるくらいなのに、バカじゃない?」
こういう女が一番嫌いだ。
世の中には、なりたくないのにシングルマザーになった女だってたくさん
いる。
認知されたくても、してもらえない子供がたくさんいるのに、何を考えて
るんだろう?
ホントに、頭が悪いのか、それとも、人の気持ちを考えられないのか………。
ぇfむかついて、仕方がない。
子供を何だと思っているんだろうか?
自分の所有物とでも?
「……悪いけど、今から授業なのよ。
帰ってくれないかしら?」
返事に困ったのか、姫花は逃げようとしている。
でも逃がさない。
「はぁ?
話し終わってないです。
ココで授業が終わるの待ってますから、どうぞ大切な仕事に向かって下さ
いな」
こんな短時間で、話が終わるわけないじゃん。
一人の人間の話をしてるんだ。
その子の将来にも大きく関わる話をしてるんだ!
「悪いけど、私忙しいの。
あなたたちの相手をしてる時間なんてないわ。
待ってるのは勝手だけど、授業の後も仕事があるから」
慌ただしくドアの向こうへと行く姫花を、私と和美は歯がゆい気持ちで
見送った。
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