ラストボーイ
ラストボーイ

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●●●
7 ホスト
  「子供、か」
和美は、イスから立ち上がり、窓際へとゆっくりと足を進める。
もう、街灯が点った景色を見つめながら、私たちはきっと、昔の自分を思
い出してるんだろう。
 二人が生まれ育った町は、家庭環境に恵まれなかった子供が多い。
両親とも健在でも不仲だったり、それ以外に借金があったり、差別を受け
たりと決していい環境じゃなかった。
だけど、そこしか知らない子供たちには、ソレが当たり前で、幸せな家庭
なんて作り物の世界にしかないと思っていた。
 社会に出て、初めて自分たちが置かれていた境遇を知った。
それが不幸なのか、幸せだったのかわからない。
でも、子供は大人の都合で育ち方が変わってしまう。
 親は、望んで子供を産めるけど、子供は親を選べないんだ。
だからこそ、出来る限り環境を整えてあげるべきだ。
隆史の子供にはそんな思いをさせたくない!
「私、どうしても史音ちゃんを育てたい」
そう強く思った瞬間、ガラガラと音を立ててドアが開いた。
「佳織………」
姿を現したのは、スーツ姿の隆史。
その後ろから、まだ授業をしてるはずの姫花。
「あなたたちがあんまりしつこいから、隆史に迎えに来てもらったのよ」
仕事中のはずの隆史が、わざわざココまで来た。
 その事がやっぱり少し苦しかった。
ああ、バレてしまった。
隆史の子供がこの世に存在するって事実が…。
「話が終わってないのに、帰れないですよ」
和美は窓際に立ったまま、姫花に丁寧に語りかけた。
たった数十分だけど、頭を冷やすには充分すぎる時間だ。
 もう、覚悟はとっくに決まってる。
「隆史、認知しよう。
私がちゃんと育てるから」
子供に罪はない。
隆史の子供なら、愛せないわけがないんだ。
大丈夫。
もう、つまらない嫉妬なんかしない。
「……佳織、認知はできないよ。
佳織が育てることもできない。
帰ろう。姫花の仕事の邪魔しちゃ悪いから」
プラチナムの匂いが近づいて、イスに座った私の肘を持って立たせてくれ
た。
「……どうして?」
やっと決心したのに、なんで認知しないの?
「オレの子供じゃないからだよ。
オレも佳織も無関係」
いつもつり上がった目をゆっくりと細めて、その瞳に優しさを写しながら、
隆史は私を見つめた。
「隆史の子供じゃ、ないの?」
「何言ってるのよ、あなたの子供よ!
別に認知は望んでないけど、隆史の子供なのよっっっっ」
私よりも、隆史の言葉に激しい反応を示したのは姫花だった。
隆史は私の肩を抱きながら、姫花に向き直った。
「オレの子供のわけがないんだよ」
やけに自信に満ちた冷静な声に、私はなんだか安心した。
「何言ってるのよ?
母親の私が言ってるのよ!
身に覚えがまったくないわけじゃないでしょ?!
ゴムの避妊率だって100%ってわけじゃないんだから!!」
取り乱す姫花の言葉に、私の胸がチクリと悲鳴を上げた。
『身に覚え』そのままだね。
体に覚えがないわけじゃないと言い切る女。
ホストと、その客。
ううん、もしかしたらそれ以上だったかもしれない。
 だけど、私は真実なんて聞きたくない!
隆史の口から、この女を抱いたなんて、聞きたいわけじゃない!!!
ギュッと唇を噛みしめて、次の隆史のセリフを聞く準備をした。
「……和美ちゃん、悪いけど佳織を連れて外に出ていてくれないかな?」
隆史は私が傷つくのをわかってるから、外に出るようにいったんだろう。
いつもそうだよね。
私が不安になることは、聞かせないように、知らせないようにしてくれる。
 でも、そんな優しさはいらない。
秘密にされる方が辛いって、分かって欲しい!
もちろん聞きたくないに決まってる!
でも、隠される方がもっと悲しくなってしまう。一人で勝手に想像が膨ら
んで…。
「イヤ。
ちゃんと佳織にも聞かせるべきだと思うから、隆史のお願いは聞けない」
さっすが親友の和美!
私の気持ちをよくわかってくれてる!
隆史は和美の言葉で、チラリと私に視線を向けた。
 いいのか?
と聞かれてるような気がしたから、小さくうなずいた。
「はぁ、佳織に言いたくなかったんだけど、仕方ないよな」
前置きをしてから、隆史は話だした。
「ゴムの避妊率とか関係なくて、オレはホストとして働きだした頃にパイ
プカットしたんだよ。
その上での避妊だから、オレの子供なわけないじゃん」
はぁぁああぁぁぁぁぁぁ?
姫花よりも、私のが驚いてしまった。
パイプカットって、マジっすか?!
 そりゃ、私が妊娠するわけないじゃん。
「なっっ……」
姫花は何かを言いかけて、言葉を飲み込んだ。
「ホントはオレ以外の心当たりあるんだろ?
そいつが子供の父親だよ」
隆史はギュッと私の肩を抱き寄せると、そのまま教室を出ようとした。
「最低ねっっっ!
カットしてるくせに、さらにゴムをつけてたんだ?
他の女に言いふらしてやる!
ついでに結婚したこともばらしてやるから!」
「どうぞ。
別に今ホストとして指名もらってるわけでもないし、言いたきゃ言えよ」
姫花の言葉にオタオタする私の隣で、ニコリと営業スマイルを作る隆史。
「あら、でもperfume はまだ隆史の人気で支えられてるらしいじゃない。
あなたの結婚話なんて、営業妨害になるはずよ」
そうよ!
姫花の言うとおり、perfume には隆史目当ての客が多い。
なのに、余裕な隆史。
「姫花がそんなことする女じゃないってオレがよくわかってるよ」
「隆史ってホントむかつくわね」
「いまさら、だろ?」
「………」


石川ゼミを出てから、私は隆史に聞きたいことがたくさんあった。
「ホントに言わないかな?」
「大丈夫だよ、姫花はプライドの高い女だから、自分の名前を落とすよう
なことはしないよ」
よく知ってるんだね。
と嫌味を言いたくなるくらい、極上の笑顔の隆史。
でも、ホントに聞きたいのはそんなことじゃない。
 パイプカットなんてしてたら、いくら頑張っても、望んでも子供なんて
できやしないじゃない。
私、不妊症なのかな?
って悩んでたんだよ………。
「この前病院でパイプカットを戻す手術をしてもらったんだ。
頑張れば子供もできるよ」
私の不安を読んでたのか、隆史は付け足すようにそう言いながら、私を車
の助手席へと座らせた。
「和美ちゃん、仕事は?」
エンジンをかけながら、後部座席にいる和美にミラー越しに話しかけた隆
史は、やぶ蛇をつついてしまったらしい。
「隆史が電話で佳織を頼んだんでしょ!!
おかげで当日欠勤よ!
罰金、払って貰うからね!」
運転しながら苦笑いを浮かべて、隆史は車を走らせた。
 その横顔を見つめて、私はたくさんの疑問を整理するしかなかった。
隆史の気持ちがわからない。
結婚する前に、そういう大切な事は教えてもらいたかった。
だって、本気で自分に子供ができないんだと悩んだり、隠し子を育てよう
と思ったり、一人でバカみたいじゃん。
 子供を欲しがらなかったら、今でもパイプカットしたままだったんだろ
うか?
もう、隆史がわからないよ…。
嘘をついてたわけじゃない。
でも、この隠し事は大きすぎる。
信じたくても、恐くなっていく。
何を信じればいいの?
「……佳織、そんな顔するな。
言いたいことあるなら言えばいい、ちゃんと答えるよ」
前方を見ているはずの隆史に、私の顔が見えるんだろうか?
「………」
黙り込む私。
車内の空気が重くのしかかってくる。
ただ、ラジオの音と時間だけが過ぎて行く。


「はぁぁぁ、私が聞くよ。
なんで、避妊の事黙ってた?
おかげで佳織は自分が不妊症じゃないか?って悩むし、おまけに隠し子騒
動。
隆史が最初から言ってれば、全部悩まずに済んだんだよ?」
暗い沈黙に絶えきれなくなった和美が、代弁してくれた。
ホント、いつも凄い。
何でそんなに私の気持ちをわかってくれるんだろうか?
「…佳織が流産した時、何もしてやれない自分が悔しかった。
だから、そんな思いしないために、手術した。
黙ってたのは、そんな事しなきゃいけないくらい、女抱いてるってバレる
のが恐かった。
ただでさえ、すぐに不安がる佳織をさらに傷つけて、逃げられたくなかっ
たんだ」
運転しながら、ゆっくりと言葉を選んで喋る隆史。
 姿を見ることもできなかった赤ちゃんを、思い出してしまった。
 もう2度とあんな思いはしたくない。
二人して、経験しなくてもいい苦しい思いをいしてしまって、結局別れを
選んだんだよね。
 その後、ホストをしてる彼と再会した時にはもうすでに、治療後だった
んだ……。
毎日が不安だった。
お酒の匂いに、たくさんの香水が混じって、吐きたくなる程の嫉妬。
今日は誰といた?
同伴で、何を喋ったの?
アフターで、枕した?
いくら愛してると言われても、その言葉自体信用できないくらいに、不安
な私だった。
 だから多分、彼の判断は正しい。
秘密にしてなければ、私の寂しさの限界はもっと早かっただろう。
 でも3度目のつき合いが始まる頃には、私もそんなに弱くなかったよ?
「ちゃんと隆史がEDENのNO1だとわかってたし、枕抜きじゃ無理な
仕事だともわかってた」
肌を重ねることに意味を求めちゃいけない。
そこに、感情があるかないかが大事なんだと。
自分に言い聞かせていた。
ホントは苦しかった。
でも、慣れた。
割り切れるようになった。
だから、結婚しようと思ってくれたんじゃないの?
「…勇哉からお前を奪い返した時、すでにperfume に独立する計画が進ん
でたから、言う必用がないって思ったんだよ。
元々、オーナーになったらホストから外れるつもりだったし。
ただ、開店準備や結婚式の用意で忙しくて、病院に行けなかっただけ。
嘘じゃねぇよ」
「……」
隆史は私を不安にさせないように、私を思って黙っていてくれた。
でも、やっぱりなんだか悲しい。
 信用していた今までの隆史が、私の知ってる隆史が、全部なわけじゃな
い。
 車はマンション前で止まる。
隆史は、私と和美を下ろして、駐車場へと向かった。
「私帰るからさ、二人でちゃんと話し合いな?
夫婦の問題だよ。
ちゃんと、思ってることを言うんだからね!
佳織はいつも本音をはぐらかすけど、今度は逃げちゃダメだからね!」
強く念を押してから、手を振る和美の姿は小さくなって行った。

 部屋に入って、隆史に珈琲を煎れる。
「仕事、大丈夫なの?」
スーツ姿のままな隆史。
姫花に呼び出されて、慌てて来たのだろうか?
「こんな状態で戻っても仕事になんねぇよ」
どれだけ二日酔いで、苦しくても休んだことがない隆史。
新婚旅行も行けないくらに、仕事優先してたのに、いいのだろうか?
「戻った方がいいよ…」
話なんて、帰ってからでもできる。
私たちには、これからたくさん時間があるんだもん。
「大丈夫だよ、そんな心配するな。
それより、他に聞きたいことはないのか?
嘘も隠し事もしない。
佳織が知りたいことだったら、何でもいいから聞けよ」
珈琲を飲みながら、私の隣で微笑む隆史。
 その笑顔には、営業も、意地悪さもなくて、ただ、優しさと愛情だけが
感じられた。
だから、私は覚悟を決めた。
不安だった思いを、全部はき出してしまおう。
 私たちに足りなかったのは、会話。
とりとめもない会話が、なかったんだ。
いつも、お互いを求めすぎて、愛情を確かめるような言葉しか二人の間に
はなかった。
「…姫花とは、客としてだけのつき合いだったの?」
隆史はカップをテーブルに置いて、そのままその手で私の肩を抱き寄せた。
 プラチナムの匂いが、私を落ち着かせる。
「ホストになったばかりの頃、姫花がオレをNO入りさせてくれたんだ。
で、気が付いたら付き合ってた。
枕営業じゃなく、彼女として扱ってたんだけど、それも最初だけで、他に
太い客が見つかると、オレはすぐにその客が気になって、その人とつき合
い始めた」
付き合ってたんだ……。
「好きだったの?」
「……正直わかんね。
何か、佳織とああいう別れ方して自分を見失ってたから、オレを好きにな
ってくれるなら誰でもよかったのかもしれない。
マジ、次から次へと女変わってた。
オレに貢いでくれる金額が、オレへの愛情のバロメーターって感じだった
から」
お金が愛情のバロメーターって…。
THEホストな意見だなぁ。
やっぱり、隆史にもそんな時期あったんだね。
ちょっと驚いた。
「じゃあ、私と再会した頃も彼女いたんだ?」
自分で聞きながら、答えを聞くのが恐くなってしまった。
 その不安を煽るかのように、隆史が私から視線をそらす。
「あ〜、うん。
でも、みんな客だったし、別れ話とかしないで、自然と距離置くようにし
ながら、佳織だけを彼女だと思ってた」
そっか。
だから、私は不安だったんだよ。
「隆史の心の中でしか、わからない関係だったんだね」
誰が見ても私が彼女だとバレちゃ困るけど、でも、なんかちょっぴり傷つ
いてしまう。
「ごめん!
でも、佳織しか好きじゃなかった。
わかんねぇかもしれないけど、オレがドキドキしたり、心配になったりす
るのは高校からずっと、佳織だけだった。
どんな女と寝ても、付き合ってもどこかでオレはホストだったんだ。
証拠に、パイプカットしてるのに、ゴム着用!なんかさ、生で繋がりたく
なかったんだよな。
一人の男として、好きなのは佳織だけだよ」
今なら、その言葉が真実だとわかる。
でも、当時の私はホントに毎日嫉妬ばかり。
  時間が過ぎなきゃ、わからない思いもあるんだね。
「私も、だよ」
隆史が好きだ。
誰と付き合っても誰と寝ても、隆史が好き。
「嘘つきだなぁ、ココは」
クスクスと笑いながら、隆史は軽く触れるだけのキスをくれた。
「嘘じゃないってば!」
「直樹の事好きだろ?
恋愛かどうかじゃなくても、直樹を信頼してるって感じだし、勇哉はどう?
かなりドキドキしただろ?
オレより、佳織の方が浮気者だったなんてな」
な、何でそうなるんだ?
なんだか、上手く隆史に言いくるめられてるような気がしてきた。
「今は私の話じゃないじゃん!
隆史だって、姫花のこと、人間として信頼してるんでしょ?」
じゃなきゃ、彼女が黙ってるなんて信じたりできないもん。
「まっさか!
オレは、誰も信用なんてしないよ。
所詮金で繋がった関係なんて、そんなもんだと割り切ってるって」
隆史の言ってる言葉は、昔私が思ってたのと同じだ。
どうせ水商売。
すぐに出会いが転がってくる分、簡単に次が与えられる分だけ、深く繋が
る必用も、一人に執着する意味もない。
「なんか、淋しいよね」
名刺の数が増えるばかり。
顔見知りはたくさんいるのに、ホントに信じられる出会いは、きっと昼の
世界より少ない。
華やかに見える舞台だからこそ、裏はとてもはかなくて切ないんだ。
そして、年齢も限られている。
いつまでも、雇われたままじゃ生きていけない。
「オレは佳織がいればそれだけで淋しくないよ」
私の肩を抱き寄せて、顔を近づけて来る隆史。
甘い匂いと、ときめきに聞きたかった言葉たちが、頭から逃げていく。
「私も隆史がいればそれでいい」
もう、他に何も望まないよ。
子供だって、自然の流れにまかせよう。
無理に、作る必用なんてないんだ。
「ホントに?」
三白眼の上目使いで見つめられて、私の心臓はもう、はしゃぎまくりでう
るさい。
どうして、こんなにいい男なんだろうか?
「ホントだよ!」
隆史しかいらない。
大きくうなずく私に、キスをくれながら、その手はドンドンと私を夢の中
へと導いてくれる。
「オレだけに感じてる?」
「当たり前じゃんか……」
もう、声がうわずってしまいそうだ。
毎日、隆史を感じている。
この腕の中にいなくても、隆史を思ってるよ。
何をしていても、隆史を考えない時間なんてないくらいに、洗脳されてし
まった。
愛してる。
何度もこの言葉を贈ったけれど、まだまだ全然足りない。
世界中の愛の言葉を捧げても、ちっとも届かないくらいに愛してる。
どんな言葉も、視線もこの思いのすべてを伝えるなんて不可能なんだ。
 隆史を好きになるためだけに、私は産まれてきたんだと思う。
大袈裟なんかじゃなくて、隆史と出会わない人世なんて、考えられないん
だもん。
「オレも佳織だけ……」
飽きる程のキスをもらいながら、やっとお互いが一番近くに感じようとし
た瞬間。
激しいノック音が響いた。
 二人とも、快楽の夢から覚めて、見つめ合った。
「シカトしようぜ」
そう言って、私の上に乗ったまま行為を続けようとする隆史を押しのけて、
私は玄関を開けた。

「お前いい加減にしろよっっっ!
オーナーの自覚あるのか?」
ドアを開けるなり、京介の罵声が響く。
乱れたスーツ姿の隆史に、殴りかかりそうな勢いだった。
「京介っっっ!
やめて!!」
一体何が起こったのかわからないまま、私は二人の間に顔を割り込ませた。
 京介の呆れた視線に見つめられる。
「佳織ちゃんさ、頼むから大人しくしててくれよ。
隆史は佳織ちゃんが動くたびに、気になって仕事にならねぇんだよ」
さっきまでの甘い一時が、幻だったかのように現実に引き戻された。
「え?」
「今、2件目出す準備でただでさえ忙しいのに、コイツ、上の空ばっかで。
挙げ句今日は途中でいなくなるし…」
 隆史は京介の腕から逃れて、ペロリと小さく赤い舌を出した。
 それはまるで悪戯ッコのような仕草で、なんだか吹き出してしまいそう
だったけれど、京介の態度が恐くて、笑うことすらできない。
「悪い、明日からちゃんとするから。
もうプライベートは持ち込まないし」
隆史も大人の顔つきに戻って、京介にペコリと頭を下げた。
「………二人の間に何があったのかわかんないけどさ、ホント頼むよ。
隆史を振り回さないでくれない?
今、オレも含めて従業員全員、隆史が必用なんだ。
だから、隆史の仕事を支えるくらいしてやってよ…」
 京介はいつもの意地悪な顔でもなく、ましてや悲しそうな顔でもなく、
何とも表現できない諦めに近い表情で私を見ている。
 私が隆史を振り回した?
そんなつもりなんてなかったよ。
でも、そうなってしまった……。
隆史の仕事を応援したいとはまだ思えないけれど、でも、邪魔したいなん
て考えてない!!
「佳織に言うなよ、オレのせいなんだから」
少し頬を膨らませて、拗ねる
素振りを見せる隆史に、京介はさらにキレてしまった。
「お前がちゃんとすれば、オレだって文句言わねぇよ!
オーナーの自覚あんのか?
いい加減、仕事に集中しろよ!」
「悪かった、明日からちゃんとする」
今度は真面目に謝った隆史に、ため息をつきながら、京介は苦笑いをして
私を見た。
「ごめんな、ちょっとキツイ言い方だったよな、オレ。
でも、ほんと今perfume は大事な時期なんだよ」
2件目を出すって、京介は言ってた。
もう、そんな展開になってるんだ?
隆史は仕事の話しをしないから、知らなかった………。

違う、私が自分の事でいっぱいだったから、聞こうともしなかったんだ。
「どこに2件目出すの?」
私の質問に、さっきまでと全然違って、学生時代にも見せた事のないよう
な、うれしさを満面に出した表情で隆史が教えてくれた。
「perfume は高級店が並ぶ地域にあるだろ?
2件目はコロンって店名も変えて、少しリーズナブルな店にするんだ。
サパーとかパブって言われる類にしようと思ってる」
コロン。
そっか、香水にちなんだ名前だし、2件目って感じ。
しかもよりリーズナブルになるなら、コロンってかわいらしい名前の方が
親しみがあっていいよね。
「すごいね、色々考えてるんだ」
「ま、一応」
褒められたのが、恥ずかしいのか、少しだけ照れたように目を泳がせた隆
史。
こんな表情もするんだなぁ。
なんて思ってしまった。
私は、ホストとしての隆史や、男としての隆史しか知らなかったんだ。
もっと、働いてる隆史や、私の知らない隆史をこれからどんどん知ってい
きたい。
「ごめん、ね。
そんな大変な時期だなんて知らなくて……」
「いや、佳織にとったら店の事よりも、もっと大変だったんだよな。
もともとオレがパイプカットの事を言ってれば良かったんだし、気にする
な」
  頭をポンポンと優しく撫でるようにしながら、隆史は目を細めて優しく
微笑んでくれた。
「お前、言ってなかったのかよ?
結婚したときに言ったと思ってた……。それより、何があったんだ?
仕事をすっぽかさなきゃならない程のことがあったんだろ?」
京介は、知ってたんだ………。
石川姫花のことを説明する隆史の隣で、私はぼんやりと聞いていた。
今までの悩みはなんだったんだろうか?
私たちは、絶対的に会話が少なすぎるんだ。
多分、もっと会話しなきゃいけない。
私は隆史の何も知らない。
そして、隆史も私を知らない。

「ホントごめん、まさか隠し子騒動になってるなんて知らなくて、佳織ち
ゃんにひどい言い方したよな………」
隆史から説明を聞いて、ほんとに申し訳なさそうにしている京介。
「ううん、私も勝手に思いこんでしまってたし、謝らないで!
今度からは、隆史の仕事に迷惑かからないように気を付けるから」
もう、仕事にならないような大事になるまえに、ちゃんと話しをしよう。
不妊症かもしれないと思ったときに、相談してたら、きっとこんなこじれ
ることもなかったんだ。

「これからは、たくさんお喋りしようね。
今まで以上に、たくさんたさくん。
仕事の話しだって聞きたいし、2件目も上手く行くといいね」

今度は、心からそう思える。
やっぱりホストって仕事をしてるのは変わらないけれど、それでも、隆史
の夢を自分の夢に思えるような女になりたい。







2004-2008©白雪姫-hime-