目覚めると、佳織と目があった。
「おはよう」
彼女らしい、ふんわりと包み込むような笑顔で挨拶をされて、オレは照れ
てしまった。
「いつから起きてたの?」
「ん、と…10分くらい前かな?」
「ずっと、オレの寝顔見てたりした?」
「うん」
うっわぁ。
佳織の寝顔なら、いつまで見ていても飽きないけど、オレの寝顔なんてか
なり醜悪な んだろうな…。
「昨日、いっぱい迷惑かけたり、した?」
遠慮気味に、佳織は聞いた。
「オレじゃなくて、和美ちゃんにかけたみたいだよ」
「あああああ、やっぱり?!
記憶がアヤフヤなんだよね……」
え?
オレは焦ってベッドから飛び起きた。
「記憶がアヤフヤって…そんな事、よくあるのか?」
佳織は、和美ちゃんにメールを送りながら、軽くうなずいた。
「結構あるよ?」
結構あるよじゃないだろ?
「そんなに飲んじゃだめじゃんか!
せめて、記憶が飛ばない程度に抑えておかなき。」
じゃないと、ほかの男に口説かれたりしても、ちっとも、気づかないじゃ
ないか!!
「そうだね」
言葉では同意しながら、彼女はまだメールを打っていた。
おいおいおいいおおおい!!
人の話、聞いてる?
「ホントダメだよ?わかってる?」
オレは仕方なく念をおした。
なのに、佳織はそれに逆切れ気味
「何度も言わなくても、わかってるって!」
「ちゃんと聞いてないから、言ってるんだろ?」
「聞こえてるもん!」
「聞こえてるのはわかってるって!
記憶とぶくらい飲んだら、危ないだろ?
どれだけ危険かわかってんのかよ?」
佳織はイライラした様子で、携帯をパタンと閉じて、オレを睨んだ。
「別に関係ないでしょ?
それとも、ルージュ以外で飲むなって、言いたいわけ?」
関係ないって、なんだよ?
「オレ、彼氏だろ?だったら心配するの普通じゃん!
彼女が、自分のいない所で、飲んでるだけでも不安なのに、記憶ないって
聞いたら、 怒るの当たり前なんじゃないか??」
「うるさいな!
いちいちそんな事で不安にならないでよ!
私だって、毎日色々あるんだから、息抜きしたっていいでしょ?」
「どうせ、オレは些細な事で不安になるよ!
隆史さんみたいに、自信過剰もどうかと思うけどなっ!」
あ!
言った後に、すぐに後悔した。
アイツの名前を出した途端に、佳織の表情が露骨に変わった。
「何で、ソコに隆史が出てくるわけ?
関係ないでしょ、隆史の事は!!
でもそうね、隆史は私が何をしても、不安になることはなかったでしょう
ね!!!」
こうなれば、もうお互い止まらない。
言ってはいけない一言を口にしたオレも悪かったけど、アイツと比べられ
たら、オレ だって、もう許せない!
「そうやって佳織はいつまでもアイツをひきずっていればいいんだよ!
オレとアイツとを比べられたんじゃ、たまんないよっ!」
佳織は目にうっすらと涙をためて、オレを睨みながら、怒鳴った。
「何よそれ?
最初に自分で隆史と比べたんでしょ?
いいかげんにしてよ!!」
そりゃ確かに、オレが最初にアイツの名前を出したよ!
でも佳織が比べるのと、オレが自分で比べるのとじゃ、大きく差があるじ
ゃないかっっ!
「だいたい、何でアイツの名前が出るだけで、そんなに豹変するんだよ?
それだけ未練があるってことだろ?
佳織がそんなに未練がましいから、オレが不安になるんじゃないか!!」
「…………」
大粒の涙を流しながら、唇を噛みしめている彼女を見て、オレは我に返った。
言い過ぎた!!
そう思ったけど、今更口をついて出て行ってしまった言葉たちを元に戻す
事はできない。
佳織の耳まできっちりと届いただろう、言葉の一つ一つは、取り消しなん
てできや しない。
「もういい!
もう、疲れた。そんな風に思ってるんなら ……………………別れて…」
はあああああああああああ?
「何でそうなるんだよ?」
何で、いきなり別れ話に飛躍してしまうんだよ?
前も思った事あったけど、佳織にとって『別れ』はそんなにもすぐに簡単
にできる事なのかかよ??
「もういい!って言ったでしょ?
早く、出て行ってよ!!!」
佳織は、おれの服を放り投げて、部屋のドアを閉めた。
「佳織っ!」
部屋の外から、呼びかけても、完璧シカト!
一体何なんだよ?
オレは訳もわからずに、とりあえず服を着て、佳織の部屋を出た。
ああ、むなくそ悪いぞ!!
なんで、別れ話に発展してんだよ??
ああ、ホントっっ、イライラする!!
第一、何でケンカしなきゃいけないんだ?
目覚めた時は、あんなにラブラブムードだったのに…。
ホントに突然の別れに、オレは胸がしめつけられた。
なぜ、こんな事で別れなくちゃならないんだ?
オレが悪かったのか?
もう、佳織には逢えないのか?
なんで、こんなに好きになったんだろうか、いつの間に…。
意外と簡単に始まったつき合いだったから、こんな簡単に別れが来たのだ
ろうか?
佳織にとって、オレなんて不特定多数の一人に過ぎなくて、さよならして
も、平気なんだろう。
胸が痛い。
心臓をしめつけられて、息をするのも苦しい。
誰か教えてくれ、どうすれば別れないですんだんだ?
なんで、オレはフラれたんだ?
目頭の奥がカッと熱くなって来るのがわかった。
ああ、そうか、オレは失恋したんだ。
つき合う前の佳織との楽しい思い出が、頭の中に次々にあふれ出てくる。
何度か二人だけで飲みに行ったり、カラオケしたりした。
あの頃に戻りたい!
オレは、会うごとに佳織の事を好きになっていったあの頃に、戻れるのな
ら、戻りたい!
もう、2度と戻れないのか?
こんな事で、終わってしまうのか?
「佳織……」
好きだよ。すごく。
もう、この思いを届ける事もできないけれど………。
何もしたくないけれど、家にいても、佳織の事ばかり考えてしまう。
だからと言って、誰かに電話する気にもなれない………。
結局オレは、日曜出勤よろしく「ルージュ」へ行った。
「おはようございます」
今日はまったく営業メールも電話もしていなかった。
それどころじゃなかったんだけど……。
しとけば良かった。
誰かお客さんが来てくれれば、少しは気も紛れただろうに…。
ルージュの至る所に佳織との思い出がありすぎて、オレはよけい参ってし
まった。
待機ボックスにいても、ココで佳織を考えながらメールをしていた事や、
モニターで佳織の姿を見つけたことや、もちろんテーブルで接客していた
事も含めて、全部が佳織との思い出にリンクしてしまう。
こんな状態じゃ、笑えやしない。
まともな接客なんてできないよな。。。
そこかしこに佳織との思い出が潜んでいて、
すぐにオレの心は哀しみでいっぱいになってしまう。
気を紛らすどころか、よけい悲しくなるなんて、最悪だよ………。
あちこちに佳織の残像があって、リアルなまでに再現されてしまうオレの
記憶力って、勉強に廻ってくれればいいのに、なぜこんなにも女々しいま
でに、ひきずってしまうのだろうか?
そりゃ、フラれたばかりなんだから、当たり前なのかもしれないけれど、
オレにとっては佳織とのすべてが初体験だった。
もちろん、ホストをするなんて人生の中で想像もできなかったし、まして
や、自分が 誰かをこんなに好きになるなんて事も。
その日のオレは、ヘルプ周りばかりだったのにもかかわらず、かなり酔い
つぶれてしまった。
「今日も佳織ちゃんの所へ行くのか?」
何も知らない弘幸は、仕事が終わったオレに、残酷な一言をくれた。
「…………」
まだ、フラれた事を言葉にする勇気がなかった。
誰かに伝えてしまうと、ソレが事実になってしまいそうで…。
事実なのはわかっているけど、どこかで、かすかに希望を持っていたい。
アレは夢だったんじゃないだろうか?
ちょっとした、ケンカで、またいつものように仲直りができるんじゃない
だろうか?
黙り込むオレに、弘幸は何を察したのだろうか?
優しくオレの肩を叩きながら、「これからどっか行く?」と誘ってくれた。
「いや、今日はやめとくよ……」
そんな気分にはなれない。
何もしたくない。
無気力だ。
たった一人の女にフラれただけで、こんな気持ちになるモノなんだろうか?
バイトだって、まともにできやしなかった!
ほかのホストが客と会話しているのに、相づちを打つくらいしか、できな
いまま、時間だけが過ぎて行った。
一人、ふぬけ状態で帰路を歩いていると、携帯が鳴った。
ああ、誰だろうか?
モニタを見ると、登録されていない番号が並んでいる。
誰だろう?
「もしもし?」
『和美だけど分かるかな?』
…なんで和美ちゃんが、オレの番号を知っているのだろうって言う事より
も先に、ああ、佳織の事だな?って思うと、胸が詰まりそうになった。
「うん」
『佳織と別れたんだって?
気持ちはわかるよ、あの子すっごい我が儘だし、隆史だってわけわかんな
い事をしているみたいだし、不愉快だったのはわかるけど…、ホントに別
れてもいいの?』
「……」
なんて返事をすればいいんだろうか?
別れたくなんて、ないに決まってる!
『佳織、すごく悲しそうだったよ。
考え直す事ってできないかな?』
「……オレは佳織と別れたいわけじゃない。でも、佳織が別れたいみたい
だから …。」
『えっっ?』
『佳織が、勇哉くんに別れを言い出したの?
勇哉くんが佳織をフッたんじゃなくて?』
「………」
オレが佳織をフルなんて、あるわけないじゃないか!!
まだ、こんなに大好きなのに。
『かなり勇哉くんの事好きなんだね…。
あの子はいつも、相手がフるまで自分から別れたりしないのよ。直樹の時
だって、直樹が遠慮して別れたくらいだし……。
佳織は、別れ話の修羅場がめんどくさくて、いつも、相手が切り出すのを
待ってるの。
すごい、意地悪でしょ?
でも、今回はそれを選んだって事だから、かなり勇哉くんの事が好きなん
じゃないかな?
隆史を忘れたいと願いながらも、どこかで忘れたくないって自分がいて、
勇哉くん なら、忘れさせてくれるかもしれないって……前に言ってたのよ。
きっと怖かったんだよ、隆史くんを忘れてしまうことがホントに。
自分で感情をもてあましてしまって、どうしたらいいのか、パニクって
しまったんじゃないかな?』
そんなこと聞かされても、もうどうにもならない。
佳織にとって、やっぱりアイツの存在が大きいって事だろ?
今回だってアイツが絡んでなければ、俺たちは別れる事なんて無かったの
かもしれ ないんだ…。
『あの子が、隆史くんを忘れたいと願ってる気持ちは嘘じゃないのよ、
でも、怖いの。
心に大きく存在していたモノを失うのが…。
それと、勇哉くんを好きだった気持ちも嘘じゃないよ。
隆史くんとルージュで再会するまでの期間、一度も隆史くんの名前を
言わなかった事なんて初 めてだったんだから!!
あの子は、誰とつき合っていても、酔うと必ず隆史くんの名前を言ってた
んだけど、今回 はホントになかったの。
だから、私も安心してたんだけどね。
隆史くんと佳織って、ここ半年くらい電話もメールもしてなかったし、
もちろん会う事も なかったのよ?
それなのに、なんでこんな事になったんだろう??』
和美ちゃんは、一人で喋り続けた。
オレは、まるで自分とは無関係のような気分で、その言葉だけが耳に入っ
ては消えて行くようだった。
どんなに苦しくても、時間は残酷に過ぎて、夜が来て、闇に飲まれそう
な程悲しくても、次には朝が来て、雑踏にまみれながら学校へ行く。
そしてまた、夜が来る。
何も考えられないままに、日々は過ぎてまた週末が来た。
「おはようございます」
もう、ホストのバイトをする必要もないのに、なぜかルージュに来てしま
う。
そして、店のあちこちで佳織を思い出しては、切なくなる。
「今日の勇哉って元気ないね?どうかしたの?」
真奈美ちゃんは、毎週末に必ず一度は顔を出してくれる。
「そうかな?普通だと思うんだけど…」
失恋したなんて、言えないよな。
自分のお客様に…。
「気晴らしに店が終わってから、どっか行かない?」
「そうだな…」
もう、佳織に遠慮する事なく同伴やアフターが出来るんだ。
そうすれば、今までよりも、指名が伸びるかもしれない?!
「え?マジで?めずらしいなあ、勇哉がアフターしてくれるなんて!!
気が変わらない間に、約束しておこう!
店が終わったら、坂あがった所にある茶店に来てね!
ラストまでいるから」
「わかった」
真奈美ちゃんは、あんまりラストまで居てくれる事がなかったのに、オレ
とのアフターがそんなにうれしいのか、ボトルまでおろしてくれた。
ああ、そうか。
オレは佳織の事ばかり考え過ぎていて、ほかの女の事なんておかまいな
しだった ………。
いや、違う。
元々女に対して、そんなに深く考えた事がなかった。
オレが会いたい時に会って、やりたい時にヤルってスタンスだったから。
「真奈美ちゃんって、案外かわいいじゃん。」
なんか、オレとのアフターをそんなに喜ぶなんて、男としてうれしいよな。
「もぉ!おだてたって、何もでないよ?」
照れ笑いをしながら、真奈美ちゃんはうれしそうにオレを見ている。
そうか、彼女はオレが好きなんだ。
オレに相手をしてもらいたい、まるでオレが佳織に相手されるとうれしい
ように、彼女はうれしいんだ。
そっか、オレが佳織にされてうれしい事を彼女たちにしてあげれば、よろ
こばれる んだ。
そう思うと、速攻実践に映してみたい衝動にかられてしまう!
ヘルプの席で、枝(指名ホストのいる女の子が、無指名の友達をつれてく
ること)の お客を相手に、ナンパトークとも違う、オレが女だったらうれ
しいだろう言葉をかけてみた。
「初めまして、勇哉です」
「あ、初めまして。胡桃です」
彼女は、きっと風商売の方だろう。
なんとなく、水と風の区別はつくようになった。
持ち物とかも、ギャルが持ってそうなさほど高価でもないブランドモノを
身につけている。
こういう女の子はねらい目なんだ!
稼いだ分を男に貢ぐ可能性が高いから。
「胡桃ちゃんって、純粋そうだよね。
こんな所来るの、初めてなんじゃない?」
最近わかった事だけど、彼女達は純粋って言葉にかなり弱い。
佳織も言っていた。
お世辞だとわかっていても、ソレが嬉しい言葉だと。
後、些細な所に気づくのもポイントが高いらしい。
例えば髪型とか、服装のワンポイントとか、新しい香水だとか、ネイルと
か…。
きりがないような事を一つ探して、褒めてみるのもいいって、佳織は言っ
ていた。
「え?ホント?
何度か通ったっことはあるけど、気持ちは純粋でありたいなぁとは思って
るよ」
照れたように、はにかみながら、胡桃ちゃんはグラスに口をつけた。
「勇哉くんは、どんな女の子がタイプなの?」
あれ?本気でホスト慣れしてなさそうだ。
しょっぱなから、好みを聞くなんて、あり得ない。
「オレ?オレはどっちかって言うと、一緒にいて落ち着く人がいいなぁ。
芸能人で言うと、うーん、誰だろ?」
チラリと胡桃ちゃんに視線を流す。
彼女はどちらかというと、誰に似ているんだろうか?
あんまり美人やかわいい芸能人の名前を言っても、いけない。
できれば、彼女が希望を抱くようなタイプを言わなければ…。
「わかる!!一緒に居て落ち着くっていいよねぇ。
いつまでもドキドキしてるのもステキなんだけど、やっぱ安心しておつき
合いしたいもんね」
彼女は、あまり深く考えないように、オレに同意してくれた。
「そうだよな!!」
オレの本音は、落ち着かなくてもいい!
佳織がいいんだ。
ハラハラしても、ドキドキしてもいいから、佳織とつき合っていたかった。
「うん!勇哉くんと恋愛タイプ似てるかもしれない!!」
無邪気によろこんでいる胡桃ちゃんを横目に、オレの心は一度思い出して
しまった佳織の事ばかり考えていた。
寝物語代わりに、たくさんのコツを聞いてきた。
オレたちは愛し合いながら、架空の女の話ばかりしていたような気がする。
どうすれば、女の子がよろこぶか、指名につながるか…。
佳織は、真剣にオレのバイトを応援してくれていたんだ…。
今更ながらに、佳織のアドバイスの意味がわかるなんて、もうお礼も言
えないのか?
「お疲れ様!!」
ミーティングも終わって、待ち合わせの茶店に入ると、真奈美ちゃんは極
上の笑顔でオレを受け入れてくれた。
いつも、店の中でしか見ていなかったけれど、明るい所で彼女を見ると、
10代後半にしか見えない程あどけない顔をしている。
店って薄暗いもんな、みんなの顔なんて結局はよく見えていないのかもし
れない。
おかげで、オレでも指名をとれてるのかもしれないけど…。
「どうする?
こんな時間に開いてるお店って少ないけど、何か食べる?」
「そっか、当たり前だよな。この時間からデートってかなり難しいモノが
あるんだ…」
佳織とつき合ってた時は、チェーンの居酒屋とか、カラオケとか佳織の部
屋直行便って感じだったもんな…。
ほかのホスト達は、どうやってアフターしているんだろうか?
「うふふ、デートだって!
なんかうれしいな」
真奈美ちゃんはオレの腕に、自分の腕を絡めながら、ニコニコしている。
「じゃあ、適当に時間潰して、映画でも見る?
デートの定番って感じじゃない?」
「…うーん、さすがにソレは眠いかも…。また今度同伴する時に観ようよ!
今日は、勇哉がアフターをしてくれるって気持ちだけで満足だから、無理
しなくていいよ」
遠慮がちに、オレの目を覗きこみながら、彼女はうなずいた。
いや、無理とかじゃなくって、オレがどうにかなりそうなんだ。
誰かと一緒にいないと、佳織の事ばかり思い出して、佳織にメールや電話
をしてしまいそうで…。
「じゃあ、朝ご飯でも食べて、帰ろうか」
彼女は、この界隈で有名な、おばちゃんがやってる定食屋に連れてきてく
れた。
たくさんのホストたちに、ホステスさんなんかが、仕事が終わってから来
てるのだろう。
ある意味、凄い!
どんな店のホストかなんて知らないけど、ココではかなりの数のホストた
ちが、それぞれに、おばちゃんと仲良さそうにしながら、和気藹々とした
雰囲気だった。
「おかあさん!私は軽いの作って!勇哉は…?」
「オレは、かなりアルコール入ってるから、胃に優しいのがいいかな…」
おかあさんと呼ばれたおばちゃんは、違和感もなく、「あいよ!」と返事
をして、 厨房に入って行った。
「ココよく来るの?」
「ん?たまにかな。こんな早朝にまともなモノ食べさせてくれるのって、
おかあさんとこくらいしかないんだよ!」
まるで、田舎の国道沿いなんかに出てきそうな、昔の雰囲気な店内は、少
し落ち着いた気分にさせてくれる。
ああ、きらびやかな夜の世界にいても、人間って、きっとこういう落ち
着きを求めるモノなんだろうな…。
それとも、オレが庶民だからかもしれないけど…。
おかあさんが作ってくれたみそ汁と卵やきを食べながら、しんみりしてい
ると、 ガラっと入り口の引き戸が開いた。
その瞬間、店内にいたホストの皆様方の顔つきが殺気だったのが、わかっ
た。
「………あ」
ドキドキと早鳴る心臓を押さえながら、オレは入り口に視線を移した。
イヤな予感がする。
予感というより、胸騒ぎに近いかもしれない。
チクリと心臓が痛い。
「あれ?勇哉?」
やっぱり!!!!!
オレの視線の先にはばっちり諸悪の根元がいた。
そいつはオレと目を合わせると、ニッコリと、嫌みな程綺麗な笑顔を作った。
「隆史ちゃん、久しぶりやねぇ。何にする?」
おかあさんは、すごく嬉しそうに隆史にオーダーを取った。
「違うんだ、今日は常連さんが熱出して大変だから、おかあちゃんの卵がゆ
を持って 行ってあげようかと思って」
「そうか、わかった!すぐに作ってあげるよ」
隆史さんは注文をし終わると、オレの座ってるテーブルに来た。
「彼女、少しの時間だけだから、お邪魔してもいいかな?」
真奈美ちゃん!お願いだから断って!!
オレの心の叫びも虚しく、真奈美ちゃんは極上の笑顔でうなずいた。
「ええ、どうぞどうぞ!!」
ほかのホストたちがチラチラと食事の合間に、俺たちのテーブルを見ている
のがわかる。
今更だけど、ホント有名なホストなんだろうな…。
「最近調子はどう?
京介から聞いたけど、順調に伸びてるって聞いたよ。彼女のおかげかな?」
彼女とは………佳織の事だろう。
なのに、隆史はその見るだけで殺してしまいそうな程整った顔で、真奈美ち
ゃんを見
た。
「え?私ですか?」
コラコラ!!
真奈美ちゃん、声が全然違うんですけどぉ。
「…ココにはよく来るんですか?」
「最近は忙しくてあんまりだけど、昔は毎日のように通ってた」
そこで区切ってから、視線を真奈美ちゃんからオレに移した。
「当時つき合っていた彼女とね。
でも、別れてからはあんまり来なくなったかなぁ。彼女を思い出すのが怖
いから」
「うわぁ!隆史さんの昔の彼女なんですか?
どんな人なんだろう、きっとすごい幸せだったんだろうな!」
ああ、やめてくれ!
佳織の話題をしないでくれ!!
コイツとつき合っていた時の佳織なんて想像もしたくない!
お前のセイで、オレは佳織にフラれたんだ!!
なのに、なんでお前が嫌みな程オレに佳織の話をするんだ?!
かなり性格悪いんじゃないのか?
ああ、ダメだ!
ホントにどうにかなりそう!!
佳織の笑顔や、佳織の泣き顔が頭の中をグルグルする。
「さあ、案外不幸せだったかもよ?
オレはいい彼氏じゃなかったし、いつも泣かせていたような気がする」
「隆史さんになら、泣かされたい!って思ってる女の子がたくさんいるん
だから、やっぱり幸せだったんだよ!!」
ホントにやめてくれ!
オレの気持ちなんておかまいなしに、真奈美ちゃんは隆史に『彼女』の話
をしている。
隆史も、目を優しくしながら懐かしそうに、そして愛しそうに、『彼女』
の話をする。
ああ、どうせ佳織の事だろ?
真奈美ちゃんの言う通り、つき合えただけでも幸せだったかもしれないさ!
でも、今はまだそんな話を冷静に聞ける状態じゃないんだ!
ホントにお願いだから、辞めてくれ!!
…………!
オレの願いが通じたのか、おかあさんがいい臭いのしたスーパーの袋を持っ
て、隆史のそばに来た。
「はい、出来たよ。タッパは返すのいつでもいいからね」
「…ありがとう」
隆史はその袋を受け取りながら、やっと席を立った。
「じゃあ、お邪魔して悪かったね。
またね、勇哉くん♪」
………。
………。
………。
「ねぇねぇ、隆史さんとどういう知り合いなの?」
アイツが店を出るのを確認してから、真奈美ちゃんは好奇心に目を輝かせ
ながら、質問攻撃が始まった。
「京介さんの知り合いってだけ」
「それだけ?」
「それだけ!!」
それ以上何があるってんだ?
あんな男と………。
「…ふーん」
納得いかないような顔で、うなずいた真奈美ちゃん。
でも、どうも言えないんだ。
ホントに、オレとアイツは面識なんて無に等しいくらいだし、交友関係な
んてまったくあり得ないんだから。
あって、たまるものか!
「ま、いいや。今日はありがとね!
また、誘わせてね!」
「ああ」
オレはもう、営業どころの騒ぎじゃなかった。
アイツの顔と声。
佳織の顔と声。
二人の仲良さそうな姿。
佳織の幸せそうな笑顔。
そんなすべてが頭に浮かんで消えない。
くっそ!
今日も眠れそうにないや………。
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